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陶然-醒-★(13/17)

輝政が隣県のショッピングモール建設に携わると決まったのは、翌週の月曜日のことだった。
会社でもあまり例のない規模の上、施主からの分離発注という好条件故に
社内でも今年度の重要案件とされている事業。
時折見せる、緊張と矜持が入り混じる彼の表情に、複雑な想いを抱いていたものの
ぎこちなかった二人の時間は、やっと平穏な状態に戻ってくる。
しかし、あれだけ希求していた互いの関係は、未だ躊躇う自分が彼に引っ張られる形で進んでおり
肌を寄せ合っていても、唇を重ねていても、何処か他人事のように思えてしまう。


来週から現場に出向く同じ歳の先輩を、いつものようにモールの居酒屋で労い、自分の部屋で夜を過ごす。
顔を合わせることができる機会は、今までよりもぐっと減る。
彼がその寂しさを素直に口にする度、後ろめたい想いが頭を巡った。
距離を置くことで、男の抱える感情が少しは鎮まるかも知れない。
そうすれば、彼の人生はまともな方向へ戻っていくはずだ。
そんな自分勝手な期待が俺の中にあったことは、確かだった。

夜も深くなってきた時間、煙草に火を点けたタイミングで、彼が唐突に質問を投げてくる。
「お前、さぁ・・・男とヤったこととか・・・あんの?」
その口調から意図は概ね理解できたが、彼の想いが予想以上に大きくなっていることに、不安が募る。
たった一回、男と身体の関係を持った夜のことを思い起こす。
恋愛から一歩踏み出した先にある行為がどんなものなのか。
思い知らせてやれば、彼の傷は、まだ浅くて済む。

「・・・あるよ」
溜め息と共に煙を吐出し、その行方を目で追いかける。
「そう・・・」
訪れた沈黙を振り切るように、再び煙を吐く。
そうこうしている内に、煙草はフィルターギリギリのところまで燃え尽きた。
灰皿で揉み消し、彼の方へ向き直す。
落ち着かない視線を受け止めてすぐ、男は意を決したように、予想通りの疑問を口にした。
「オレとは・・・どうにかなろうって、考えないのか?」

学生の頃にやっていた柔道から離れて、もう何年も経つ。
けれど、相手を押し倒す際の間合いや力の籠め具合は、身体が覚えているらしい。
立ち上り、輝政の肩を掴んで力を入れると、その上半身はあっさりとベッドに倒れる。
驚きの表情を浮かべる男を押さえつけ、無理矢理口づけた。
小さく身を捩る気配を無視して、衝動のままに唇を滑らせる。
「す、がっ・・・」
抗いの呼びかけで、本能の勢いが弱まった。
それでも、襟元から覗く肩口に鼻頭を潜り込ませ、鎖骨を咥え込むように愛撫する。
色めきかけた吐息が髪を揺らしたところで、彼はやっと俺の肩に手を掛けた。

顔を上げた先には、表情を強張らせたままこちらを窺う男の姿があった。
「怖いだろ?主導権、取られるの」
「・・・え」
その気になれば、これ以上の行為に及ぶこともできる。
男としての尊厳を、めちゃくちゃに壊してやることもできる。
「どうにかなるって、そういうことだぞ?」
そんな警告を口にしながら、彼の頬に唇を寄せた。
「テル・・・もう一回、よく、考えろ。この道で、良いのか」


週明け、朝のミーティングの後で柿沼課長に呼び出され、会議室へ向かう。
総務の社員が長机の上に置いていたのは、そこそこの厚みがある冊子。
表紙に印刷されていたブランドロゴで、それが何の資料なのかはすぐに分かった。
「やっと社内で正式にGOが出たんだよ」
上司が椅子に腰を下ろすのを見届け、その隣の席に着く。
ざわつき始めた空間に一人の女子社員が入ってきて、慌ただしく一枚の紙を資料の上に置いていった。
「これは・・・」
営業部長をリーダーとした、リゾート開発プロジェクトの組織表。
各部署から課長級と中堅の社員が名前を連ねている。
だが、工事部からは柿沼さんと他のグループの中堅社員だけで、自分の名前は書かれていない。
訝しむ俺の態度を察した隣の男が、紙の上のあらぬ場所を指差す。
「どうして、私が」
「あちらさんのご指名だよ。若手なりの多角的な視点と発想力に期待したいって」

営業・設計・工事の各チームを横断的に統括する、計画統括チーム。
立地の調整や採算の検討から、デザイナーの選定やブランドイメージの策定まで
デベロッパー本社に設けられたプロジェクトチームとの調整役になる部署だ。
「月に二回くらい、あっちの会議に行って貰うことになるんだけどね」
先方とウチの会社の混成で、頭を張るのはプロジェクトマネージャーでもある大竹。
「君なら大丈夫、そう思って、僕も二つ返事で了解したんだ」

昇進には然程興味は無かったし、何より一度ドロップアウトした身ではあるものの
ショッピングモールの計画に輝政が携わると聞いた時
技術者としてのキャリアを着実に重ねている彼を認めつつも、羨ましさもあった。
唐突な抜擢にプレッシャーを感じない訳も無かったが
これで、自分の中に燻る負い目を、幾許か減らすことができるかも知れない。

営業部長を先頭に、数人の男女が会議室に入ってくる。
その中には見知った女の顔もあった。
目で追いかけていると、不意に彼女の視線がこちらの方に向けられる。
僅かに目を細めた笑みが、行き過ぎそうになる緊張感を、少しだけ和らげてくれた。


朝一番で始まった会議は、昼食を挟んで夕方近くまで行われた。
自分の机に戻ると、電話のメモが数件置かれており
パソコンのディスプレイには作りかけの議事録が表示されている。
新たなプロジェクトが始まったとはいえ
受け持っている物件が竣工を迎えるまでは、並行でこなしていかなければならない。
順番に電話をかけ、メールを返信し、議事録の作成が終わる頃、社内は既に残業時間帯になっていた。

仕事がひと段落したのは、夜8時を回った辺り。
多忙な一日の中で、隣席の男がいない寂しさを感じる暇は無かった。
あちらも、現場事務所の開所初日、忙しい時間を過ごしているのだろう。
空の机を見やり、その光景を想像しながら、労いの言葉でもと自らのスマートフォンを取り出した時
最後に目にした、酷く狼狽えた彼の表情が頭を過った。
考える時間が必要だ、輝政にも、自分にも。
そう言い聞かせるように、深呼吸をする。

思いがけない相手からの着信があったのは、その直後だった。
席を立ち、廊下に出たタイミングで電話を受ける。
「・・・はい」
「ああ、菅?」
「そう。・・・久しぶり」
「突然悪ぃな。テルから番号聞いたからさ、連絡してみようと思って。まだ仕事か?」
口調はやや落ち着いたものの、喋り方はあまり変わっていない。
そっくりだった声色が随分違うように聞こえるのは、体型の所為だろうか。
「いや・・・もう、終わるところ」

□ 95_陶然-酔- □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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