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陶然-醒-★(8/17)

土曜日ということもあり、広い駐車場に停まっている車はまばらだ。
客用、と書かれたスペースに未だ乗り慣れない車を停める。
その奥にある3階建の建物は程々に年季が入っており
質実剛健な外観は、まるで会社の経営方針を示しているように思えた。

「菅くん、かな。工事二課の柿沼です」
エレベーターから降りてきた中年の男は、エントランスに立つ俺を見るなり、そう言って笑顔を見せる。
「お世話になります。土曜日に申し訳ありません」
「構わないよ、ちょっと話をしておきたかったからね。・・・ああ、先にこれ」
差し出されたのは、作業服や社員証など真新しい備品の数々。
「名前とか間違いないか見て貰って。あと、もしサイズが合わなかったら総務に」
見るからに物腰の柔らかそうな彼は、既にひと仕事終えたかのように小さく頷いた後
パーティションで区切られた打合せスペースに入っていった。

今まで俺が手掛けてきた仕事や、これから受け持つであろう仕事の流れ。
柿沼課長との問答は、役員面接とは違う、より実務的な内容だった。
このやり取りで、部下の裁量を推し量っているのだろう。
自分がどこまで出来るのか、この経験を新たな場所で活かしきることができるのか。
俄かに走る緊張感は、けれど、話の中に懐かしい地名が出てくる度、僅かに解れていくような気がした。

「後、まあ・・・言える範囲で構わないんだけどね」
2~30分の応答が終わり、彼は手元の資料を片付けながら少し声のトーンを落とす。
「体調の方は、どうかな」
役員面接の際にも尋ねられた過去の病歴。
産業医が書いた診断書を提出していたものの、懸念材料である旨は、その時にもはっきりと伝えられ
採用通知に但し書きされた条件には、月に一度の通院と診断書の提出が挙げられていた。
社員に何か聞かれた際には家庭の事情で戻ってきたと話しておく、と告げた上司も
ざっくりとした事の顛末は了解済みのようで、その問に、俺は頷くだけの返事をしていく。
「人間関係は個々人の問題だから、そればっかりは正しい答えは出せないけど」
ひとしきり質問を終えた男は、再び柔和な顔をこちらに向けた。
「良い環境で仕事ができるよう、僕も努力するから」
「ありがとうございます・・・宜しくお願いします」


席を立ち、資料を手にした柿沼さんは、不意に何かを思い出したように俺を見上げる。
「ああ、そうだ。試用期間中は一応指導役の社員を付けるから、細かな点は彼から聞いて貰うとして」
「分かりました」
「彼、モリっていってね。君のことは弟の友達だって言ってたけど、知ってる?」
学生時代の友達に、同じ苗字の男がいる。
そして彼には、双子の兄がいた。
「守・・・輝政?」
「そうそう、そっちの方」

失くしてしまったはずの想いが一気に蘇る。
もう二度と会うことは無いだろうと思っていた男の若い笑顔が、心の中に戻ってくる。
得も言われぬ感情の震えを抑えながら、言葉を返した。
「ええ・・・知ってます」
「じゃあ、幾らかやりやすいかな。守と同じ年代の社員が少ないんでね、仲良くやってくれれば」

工業高校を卒業した後、この街で就職した、というところまでは聞いていたが
まさか、同じ業界にいるとは思ってもいなかった。
しかも、奇しくも同じ会社で働くことになると、想像できる訳もない。
課長と別れ、建物を出て、自分の車のシートに身を任せる段になって、やっと現実が認識できてくる。
奇跡を喜びたい一方で、面影が具現化されることへの不安も募った。
例え、目の前に彼が現れたとしても、夢が叶えられないことは明白で
むしろ、距離が近くなることで、絶望がより深くなるかも知れない。


「菅英聡と申します。至らない点も多くあると思いますが、ご指導の程、何卒宜しくお願いします」
新たな門出となった初日。
共に仕事をしていく仲間たちに、頭を下げる。
フロアには工事部だけでもざっと30人近くの社員がいて
一つの部署で見れば、前の会社とそれほど規模は変わらない様に思えた。
県内のみならず隣県の物件も手掛けているというから、相応なのだろう。
課長から紹介を受けている途中は、意識し過ぎないように、敢えて見知った顔を探すことはしなかった。

「守くん、ちょっと」
ミーティングが終わり、上司が一人の男を呼ぶ。
近づいてきた社員は、もちろん年月を重ねてはいたが、自分の頭の中にある姿とそう変わらない。
「しばらくは彼の現場に同行して、やり方を覚えて貰えれば」
軽く会釈した相手は、昔を手繰るような表情で俺に視線を送ってくる。
近しい仲だった訳でも無いのだから当然だと、心に過った寂しさを飲み込んだ。
「席は・・・守くんの隣が空いてたよね?」
「ええ、空いてます」
「じゃあ、宜しく頼むよ」


「ご無沙汰してます。いろいろとお世話になります」
「こちらこそ、宜しく」
持ってきた幾つかの資料や本を、パソコンだけが置かれた机の上に載せる。
隣の席には雑多な図面や紙束が山積みになっており、彼の仕事の状況を示すようだった。
「・・・別に、敬語じゃなくても良いけど」
席に着いた俺に対して、輝政は少し困惑したような表情を見せる。
弟の友達、多少は顔を知っている間柄。
彼の中にも、どう接して良いのかという葛藤があるのかも知れない。
せめてもの気遣いは嬉しかったが、公私の垣根は、しっかりと作っておきたいと思っていた。
「いや・・・じゃあ、会社の外では、そうします」

指導役といっても、彼が担当している物件は動き続けており、俺につきっきりになる時間は無い。
当面は、現場に同行しながら流れを把握し、社内にいる時は彼の仕事の補佐をする。
「どんな感じ?」
「ええ・・・何とか半分くらいは」
初日の今日は現場の施工図修正を任され、そうこうしている内に夕方を迎えた。
ソフトの使い方は分かるものの、前の会社ではオペレータに依頼することが多かった為
思ったように進まないことに対して、成果以上の疲労を感じていた。
しかし、恐らく彼にとってはそんな状況も織り込み済みなのだろう。
何処か安心したように小さく頷き、ふと顔を緩ませた。
「急ぎの作業じゃないから、今日は早めに上がって飯でもどう?折角だし」

□ 95_陶然-酔- □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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