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陶然-醒-★(11/17)

転職してから一ヶ月も経つ頃には、輝政と過ごす時間に違和感は無くなっていた。
仕事では彼の現場に同行し、家も近いから食事を共にすることも多い。
越えられない一線を恨めしく思いながらも、抱えていた不安は杞憂に終わりつつあり
その視線を感じる度に、気持ちが明るくなるようだった。

「病院?東京の?」
「うん、向こうにいた時から通ってたんだけど」
月に一度の通院について、彼は初耳だったらしい。
「何か、病気か?」
不思議そうな顔をして尋ねてくる男に、敢えて明るくあやふやな答えを返した。
「いや、大したものじゃ無いけど・・・ちょっと、精神的な、もの」
デリケートなことに突っ込んでくるような性格ではないのは知っている。
「そっか・・・」
想定していた態度に申し訳なさを感じながら、笑ってみせた。

ただ、彼に語ることのできない秘密が、ふと心を引き摺り落とすことがある。
直政に未だ連絡を取っていないこと。
前の会社で見舞われたトラブル。
何より、彼のことを思い続け、自らの慰みにしていること。
身体は依然として不能で、最後まで達することはできないけれど
匂いや体温を近くで感じる度に、確かな昂ぶりが全身を走る。
勘ぐられることは無いにしても、いつ自制心が崩壊するかも分からない。


金曜日の朝、地元の駅から東京へ向かう。
今回の上京には、診察とカウンセリングの他に、もう一つの目的があった。
前の上司である角谷課長から連絡があったのは、先週のこと。
元のグループが担当していたデベロッパーの社員と会って欲しい、という内容だった。

「久しぶりだな。元気だったか?」
「お陰さまで」
夕方、待ち合わせをしたのは、会社とはかなり離れた場所に位置する中華料理屋だった。
全室個室になっているという店の内装は豪奢ながら落ち着いた色彩で統一されており
その雰囲気が、却って気分を所在の無いものにしていく。
「仕事の調子はどうだ?」
「まだまだ覚えることが多くて・・・でも、馴染めてきてはいると思います」
「まあ、お前なら大丈夫だろう。気負わず、やることだな」
少し遅れているという待ち人を気にしながら、しばらく、そんなやり取りを続けた。

「お連れ様が到着されました」
扉の外から声が聞こえ、静かに引き戸が開く。
立ち上がった元上司に続いて、腰を上げた。
「お待たせしました。遅れて申し訳ございません」
部屋の中に入ってきたのは、一人の女。
それは、あの夜、ホテルにやってきた女だった。


「初めまして。事業開発本部の大竹と申します。わざわざご足労頂き、ありがとうございます」
俺と名刺交換をする彼女の柔らかな物腰は、あの時と何も変わらない。
しかし、その視線は、あくまで初対面であることを強調するものだった。
事業開発本部マネージャーという肩書を持つ女が、何故あの場に足を運んだのか。
今となっては、知る由もない。

「今日お呼びしたのは、弊社で現在新規リゾートの計画を進めておりまして」
広いテーブルに何枚もの資料を広げながら、大竹は要旨を語り出す。
マンションや商業施設を手掛けてきたデベロッパーが満を持して乗り出したリゾート事業。
その第一弾となる施設を、俺が住む街に計画しているのだという。
「こちらの事業について、御社にご協力を賜りたいと思っております」

大手のデベロッパーだけあって、子飼いの業者は幾らでもあるだろう。
ましてや、俺の隣に座るのは、付き合いの長い中堅ゼネコンの社員。
「・・・何故」
真っ直ぐに向けられた視線から逃げるよう、元上司の方へ顔を向けた。
「角谷課長から、菅さんをご紹介頂きましてね」
「え?」
「お付き合いのある業者さんにお願いするのが効率は良いのかも知れませんが」
意味ありげな笑顔を浮かべて、女は手元のグラスに入った中国茶に軽く口をつける。
「その土地の特徴をよく知っていらっしゃる地場の業者さんを探していたんです」
彼らが求めているのは、設計施工だけではなく、計画段階から協力してくれるパートナー。
話を伝え聞いた課長が、斡旋、という形で先方へコンタクトを取ったらしい。

降って湧いた話の展開に、正直、荷の重さを感じ得なかった。
ともすれば会社に大きなインパクトを与えかねないことを担わされるのが、怖かったのかも知れない。
「ですが、私はまだ転職したばかりでして・・・」
もっと上の人間と検討すべきだろう、そんな思いを込めた言葉に、大竹は意図しなかった返事を口にする。
「でしたら、ちょうど良いタイミングじゃないですか。菅さんにとっても」
「・・・え?」
「大きなお土産を持っていけば、貴方の立場も上がるでしょう?」

地方とはいえ、もちろん競合他社は存在する。
他にも声を掛けている、決断の機会を見誤るな、彼女の言葉の端々にはそんな気配が感じられた。
「貴方に全ての判断を委ねている訳ではありませんから、その辺は心配なさらないで下さいね」
俺の役割は、この計画を会社の上に伝え、答を促すこと。
「長いスパンでの事業展開になりますので、まずは私共との信頼関係を築くことから始めたいと思っています」
開発計画書と関係者の名刺を入れた封筒を残し、彼女は次の約束があるからと席を立つ。
頭を下げた俺に、女は、またお逢いましょう、と残して去っていった。


緊張の糸が切れた空間に、無意識に出た溜め息が溶けていく。
「驚かせて悪かったな」
手元の紹興酒を呷り、一つ息を吐いた上司がそう呟いた。
「いえ。でも、あの・・・」
「オレは今日、ここにはいなかった。あくまで、あちらさんと、お前の会社との、話だ」
本来であれば自社で取りに行くべき計画。
結果として、彼はそれを、金と引き換えに横流しした。
「しっかりやれよ」
「・・・分かりました。ありがとうございます」
角谷課長と大竹の間でどんなやり取りがあったのか、真相は分からない。
もしかしたら、過去の埋め合わせのつもりなのかも知れない。

□ 95_陶然-酔- □
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□ 96_陶然-醒-★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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