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陶然-酔-(6/8)

物件の引き継ぎも終わり、新しい物件に関するミーティングに取られる時間も増えてきた。
各々の仕事のペースは徐々にちぐはぐになり、会社で顔を合わせる機会も減っている。
現場に常駐するようになれば、こっちへ戻ってくるのは週に一度、土日だけ。
いつでも隣にいたはずの男が自分から離れていくような気がして堪らない気持ちになるのは
恐らく、俺の中にある彼への想いが、あらぬ方向へ傾き始めているからなのだろう。

新たな生活が始まる日の前の週末。
晩飯を食い終った俺たちは、菅の家でだらけた時間を過ごす。
何か目的がある訳でも無かったが、二人の間の空気が心地よくて、それだけで満足だった。
ただ、たまに彼の手を握ってみたり、抱き寄せてみたり、キスをしてみたりはするものの
殆どは俺からのアプローチで、彼の中には何らかの躊躇いがあるのだろうと思わずにいられない。
関係を深めることに不安が無いと言えば嘘になる。
それでも、誰かに求められている、という証が欲しかった。

「男とヤったこととか・・・あんの?」
ベッドに座り、テレビの画面を見ながら、呟いてみる。
咥えていた煙草を手に取って静かに煙を吐き出した菅は、数秒間を置いて答えた。
「・・・あるよ」
「そう・・・」
目の前に立ちはだかる高い壁を乗り越えて行った奴がいる。
そいつとはどういう関係で、どういうきっかけで、そういうことになったのか。
俄かに表情を硬くした男には問い掛けることもできず、沈黙だけが過ぎていく。
フィルターだけになった煙草を名残惜しそうに灰皿へ押し付けた彼は、不意に俺に視線を向けた。
言いたいことがあるならはっきり言え、そう試されているような気がした。
「俺とは・・・どうにかなろうって、考えないのか?」

あっという間の出来事だった。
腰を上げた菅は、俺の肩を掴んでベッドに押し倒す。
学生時代、柔道だか空手だかをやっていたということを思い出させるくらいの力で押さえつけられ
怯んで声の出なくなった唇が乱暴に奪われる。
舌が下唇を這い、やがて首筋へ降りていく。
得も言われない刺激が身体中を駆け、思考が乱れた。
「す、がっ・・・」
口を衝いた呼びかけに、彼は何も答えないまま愛撫を繰り返す。
身体を引き離そうと肩に手を掛けたところで、男がやっと顔を上げる。
「怖いだろ?主導権、取られるの」
「・・・え」
「どうにかなるって、そういうことだぞ?」
強張る俺の顔を宥めるように唇の感触を残し、切なげな笑みを浮かべて彼は言う。
「テル・・・もう一回、よく、考えろ。この道で、良いのか」


真新しい仮設の事務所には所長以下数十名の社員が揃い、全員で神棚に一拝する。
現場竣工までは約2年。
程よい緊張感と、それなりの気概を持って、一つ息を吐いた。
「守、あっちで打合せするから、資料10部焼いて持ってきて!」
離れた場所から投げられる工務長の声。
「分かりました!」
初日だからこそ味わえるテンションを、少し楽しむ余裕もある。
俺は、割と、大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせた。

親睦を深める為という名目の飲み会が連日続き、追い立てられるように仕事をして
初めの一週間が怒涛の如く過ぎていく。
土曜日の朝は流石に身体が怠く、ずるずるとベッドの上で時間を浪費していた。
家に帰るのは、明日で良いだろう。
どうせ、着替えを取ってくるだけだ。
現場常駐の期間中に会社で借りている安宿は、年間契約だからいてもいなくても良い。
もう一眠りしようか、投げやりな思考を浮かべて目を閉じた時、一通のメールが届く。

地元を離れて一週間、菅からの連絡は無かった。
手を振り払われ、動揺だけが残された俺からは、連絡をすることができなかった。
好転するのか、暗転してしまうのか。
幾許かの不安を感じながら、スマートフォンを手に取る。

あいつの中学時代の同級生が実家に集まるから来ないか、という誘いの短いメール。
差出人は、ヒトミだった。
俺に気を遣っているのか、然程仲良くもない集まりでも、彼女はこうやって連絡を寄越してくる。
けれど、今日のメールには、いつもと違う一文が最後に書かれていた。
『菅くんも来るっていうから、テルもおいでよ』
その言葉に、心が震えた。


宿を出たのは夕方前。
地元までは2時間程度だから、暗くなる頃には辿り着けるはずだ。
道路の両脇から建物が消え、田畑に替わり、やがて山になる。
何を考える訳でもなく車を走らせ、程なく見知った風景が広がり始める。
途中、コンビニに寄って、弁当やらビールやらを買い込んだ。

少し遠回りをして、男が住むマンションの前を通る。
その部屋に明かりは点いておらず、駐車場に車も無い。
吐いた息が無意識に揺らぐ。
悔しさを振り切る様に、アクセルを踏み込んだ。

自宅のドアを開けたのは、誘われた宴の開始時間を過ぎてから。
言いようのない虚無感が薄暗い部屋の中で澱んでいる。
空腹感はあまり無く、弁当よりも先にビールを開けた。
一口飲むごとに憂鬱が薄まるような気がして、気が付くともう一本開けている。
闇が入り込んできた空間に、空き缶だけが増えていく。
彼は、どんな想いで酒に溺れていたのだろう。
自制の効かなくなっていく快感が、久しぶりに身体を蝕んでいった。

□ 95_陶然-酔- □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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