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陶然-醒-★(6/17)

女が去った部屋の中には、再び絶望の雰囲気が漂い始める。
窓の外に広がる街の灯は控えめになり、夜が深いことを教えてくれた。
ミニバーからウイスキーのボトルを一本取り、一気に呷る。
乾ききった身体に沁み込んでいく冷たさが、酷く心地良かった。
何処と無く憂鬱までが薄まるような気がして、残りを飲み干す。
元から、酒に強い方では無い。
急に回ってきた酔いが、視界をおぼろげなものにしていく。

目を落とすと、女が残していった二つの包みが目に入った。
百貨店の包装紙が掛けられていたのは、有名ブランドのネクタイ。
俺が着けていた安物と色やデザインが酷似しており、これは、偶然の一致では無いのだろう。
一方、簡素な封筒の中には、十字帯封のついた札束が押し込まれていた。

果たされるかどうかも分からない口約束と、決して少額とは言えない金。
この数時間で失くしてしまったものと天秤にかける事すら、くだらなく思えた。
またいつか、必ず手に入る。
気休めの言葉が、湧き上がる憤りで散らされる。
自らの非から目を背ける為、空が白むまで、ひたすら酒と煙草に縋り続けた。


いつの間にか失った意識が醒めたのは、もう昼近くになってからのことだった。
頭が重い理由は、テーブルの上に転がっている酒瓶の数で分かった。
身体を引き摺るように洗面所へ向かう途中、ドアの下から一枚のメモが差し入れられていることに気付く。
"精算手続きはこちらで行うので、好きな時間に退出して構いません"
何もかもが、彼らの手はず通り。
俺はただ、その掌で転がされているだけの存在。

結局、包みには手を付けず、酒代代わりの万札を置いて部屋を出た。
出来る事なら、この夜を無かったことにしたい。
僅かな望みを託してのことだった。
けれど、事態は着実に、順を追って動いていることを、帰りのタクシーの中で知る。
社用の携帯に届いた一斉メールの内容に、目を疑った。

―― 一部報道機関に於いて、当社に関する報道がなされております。
真偽の程は現在調査中ですが、現時点で数組の報道陣が社屋前に待機していることから
明朝は全社員7時出社とし、出入りは通用門を使用するようにして下さい。
(万が一コメントを求められても、一切発言はしないように)
尚、協力会社社員については、明日から2日間臨時休暇と致します。
詳細・経緯については、各部署のミーティングにて、部長級社員より説明があります ――

スマートフォンのニュースアプリには、自社の名前と粉飾決算疑惑の文字。
末広が、いつ号令をかけたのか、もう知る術は無い。
もしかしたら、俺が返事をする前から動き出していたのかも知れない。
間を置かず、会社が更に大きな社会的制裁を受けることは間違いなく
想定していたはずの結末の重大さに、背筋が凍る思いだった。


月曜日、会社の最寄駅に着いたのは朝6時前。
いつもとは違う地下鉄の出口から、裏道を通って通用門を入った。
何処となく疲れた表情の警備員に軽く会釈をして、薄暗いホールからエレベータに乗り込む。
工事部があるフロアは既に全ての照明が点けられ、数人の社員がパソコンに向かっていた。
同じグループの面子は、まだ誰も来ていない。
自席に荷物を置き、とりあえず一服と喫煙所に向かった。

「随分早いな」
狭い空間の中には、先客の姿があった。
「おはようございます。・・・何か、落ち着かなかったので」
「まあ、今更焦ったところで、なるようにしかならないさ」
くたびれた顔で笑う風間主査の格好もまた、くたびれている。
恐らく昨日の内に召集を受け、夜を徹して状況把握と事態収拾に奔走していたのだろう。
「これから、どうなるんでしょうか」
「お前たちは心配せずに、今まで通り仕事をしていけば良い」
「・・・はい」
「失くした信用を取り戻す為に頭を下げるのは、オレらの仕事だからな」
大きな溜め息と共に煙を吐き出した彼は、灰皿に煙草を放りこみ、俺の肩を一つ叩いて部屋を出ていく。

早朝から行われた工事部全体のミーティングでは、一連の経緯と今後の対応について話があった。
秋月常務他数名の社員が粉飾決算の容疑で告発されたこと。
近く、地検による家宅捜索が入るであろうこと。
取引先や下請けからくる問合せへの対応の仕方についても事細かな内容が指示され
不安を与えないように、不満を持たせないように、考え抜かれた文面が全員に配られた。


その日一日だけで、一体どれだけの電話に応対しただろうか。
今後一切の取引を断りたいと頭ごなしに怒鳴りつけてくる開発業者。
月末の支払いは予定通り処理して貰えるのかと不安がる工事業者。
先週金曜日に発注を掛けたばかりのメーカーの担当者からは、同情の言葉を貰った。
手元に置いたマニュアル通りの言葉を発しながら、ひたすら電話の前で謝罪を続ける。

あの男がこの場にいないことに気が付いたのは、昼休憩のチャイムが部署に響いてからだった。
「そういえば・・・課長補佐、いらしてないんですか」
斜向かいの席で大きく背伸びをする先輩に、それとなく聞いてみる。
「ん?ああ・・・」
彼の視線が窓際の空いた席を窺う。
「まあ、親父がやらかした訳だし、なぁ」

翌日、社内LANで回ってきた臨時の社内報には、事件に関わった社員に対する処遇が列記されていた。
懲戒免職、減給、異動・・・段階ごとに並んだ10名程の中には、もちろん、奴の名前もある。
子会社への出向。
首を飛ばさなかった理由が何処にあるのか、納得はできなかったが
もう二度と、本社へ戻ってくることは無いのだろう。
空席に放置されたままの荷物を段ボール箱に放り込んでいる内に
地獄に落とされた恨みが、少しだけ和らいでいくような感覚になった。

□ 95_陶然-酔- □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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