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陶然-酔-(2/8)

互いの車に乗り込み、互いの家に戻り
ショッピングモールに併設されている居酒屋レストランに、徒歩で向かう。
普段は車で移動しているから外で酒を飲む機会はあまり無いが、今日は久しぶりに飲める。
たまに自制が効かなくなることもあるものの、菅がいれば大丈夫だろう。

「ナオには連絡したの?こっちに戻ってきたって」
「実は、最近あんまり連絡取って無かったから。連絡先も分からなくて」
見た目と反して酒が飲めないという男は、ウーロン茶を呷った後で煙草に火を点けた。
「今から呼ぶ?30分くらいで来れると思うけど」
「いや、またの機会で良いよ。ここで盛り上がると、明日きつそうだし」
確かに、まだ月曜日。
それに、俺もあいつに会いたい訳じゃ無い。
名残惜しそうな笑顔の彼に、一先ず弟の連絡先を渡しておく。

「結婚式にも行けなかったしな・・・元気にしてる?」
「ああ、最近ちょっと太ってきたくらいじゃないか」
「中年太りにはまだ早いだろ。子供は、そろそろ小学生?」
「だな。今年の春、小学校に入った」
高校を出て専門学校に入ったものの、一年あまりで中退した弟は、父の斡旋で木材工場に就職した。
その後、二十歳の時に、中学生の時から付き合ってきた幼馴染の彼女とデキ婚。
「ヒトミも、変わりない?」
「ん・・・?最近会ってねぇけど、元気なんじゃないかな」
「実家には、あんまり帰んないんだ?」
「まぁ・・・もう弟家族の家みたいなもんで、ちょっと居心地悪いんだよ」
「ウチも姉貴たちがいるからな。よく分かるよ」
弟とつるんでいた菅は、弟嫁とはもちろん面識がある。
俺も子供の頃からよく知っている間柄だった。
それだけの理由では無いが、俺は未だに彼女のことを名前で呼ぶことができないでいる。
旧姓を口にする度あいつに諌められても、違和感を払拭することは難しい。


「もう8年目か。オレよりも全然上だな」
挨拶の時に渡した名刺を手に、菅は俺に視線を投げてくる。
今年から主任になり、給料も若干は上がったけれど、やはり高卒の待遇はそれほど良くは無い。
2年前に入社した大卒の新人や、中途採用の菅にさえ、5年後には役職で抜かれるだろう。
「東京の経験もあって、大学の建築学科も出てるんだから、あっという間に係長だよ」
「オレ、あんまり役職はこだわってないな。結局、この業界は経験が全てだと思ってるから」
「でも、前の会社の方がやってることは高度なんだろ?」
「ごく一部、金のあるところはいろんな技術を取り入れるけど、その他は一緒」

都会で作られる大規模な建物を業界紙で見る度に、憧れで溜め息が出る。
俺だって、大学へ行ってもっと専門的な知識を学びたかった。
そんな後悔が、気分を卑屈にさせていることは否めない。
「この会社の方が、いろんな建物手掛けられる分、遣り甲斐はあるとオレは思うけどね」
「そうか?規模も小さいし、普通の建物ばっかじゃん」
「でも、同じ建物は一つも無いじゃない」
「それは、そうだけど」
「前の会社ではずっと同じデベロッパー相手だったから、何処も同じ仕様でつまんなかったよ」
飲み物をウーロン茶から緑茶に替えた彼は、フィルターギリギリまで吸った煙草を揉み消す。
それは、くだらない俺の劣等感を見抜いた上での、気遣いだったのだろう。
「守アニの方が、技術者としての経験は何倍もあるんだから、自信持てって」


試用期間中も俺の現場に同行、行き帰りもほぼ同じ時間、家も徒歩圏内。
地元の友達は大学進学で上京したっきりだったり、家業を継いだ非リーマンが多く
会う機会も無いまま、距離が開いてしまっている。
おのずと菅と過ごす時間が多くなり、一か月も経つ頃には、弟の友達、では無くなっていた。
一緒に飯を食ったり、未だ引っ越しの片づけが終わらない彼の部屋の掃除を手伝ったりと
久しぶりに誰かと一緒に過ごす時間を満喫していたように思う。

ただ不思議だったのは、彼から弟の話題が出ることは殆ど無く、連絡を取っている気配も無いこと。
あいつの仲間は、今も殆どが地元に残り、俺の実家にちょくちょく集まっている。
詮索することも憚られて口にすることも無かったが、何となく後ろめたさも残っていた。


ある週の金曜日。
菅は一日休みを取って、東京へ向かった。
向こうにいた頃から通っている病院があるらしく、月一で診察を受けているのだという。
「何か、病気か?」
「いや、大したものじゃ無いけど・・・ちょっと、精神的な、もの」
笑って答えた彼に、それ以上のことは聞くことができなかった。
思い悩むような面は見えなかったし、無気力ということも無い。
気にはなったが、きっと改善しつつあるのだろうと、無理矢理自分を納得させた。

今日は一泊して、明日帰る。
会社から出て車に乗り込んだ時、菅からメールが届いた。
分かった、気を付けて、と短い返信を打った直後、着信が入る。
たまに電話を寄越しては、不機嫌な口調で近況を聞いてきて、実家に顔を出せと言ってくる男。
何かの緊急事態かも知れないから、無視する訳にもいかない。

「何だよ」
「今、何処にいんの?」
「今から帰る」
「じゃ、飯食おうぜ」
「家で食えよ」
「遅くなるからいらねーって言っちゃったんだよ」
「知らねーよ」
「じゃあ、モールんとこな。先に食ってるから」
ガサツな声の電話が一方的に切れる。
どうしてこうも自分勝手な行動をとれるのか。
文句を言いつつも、毎回それを許している俺が悪いのか。
溜め息と共に助手席にスマホを放りだし、エンジンを掛ける。
菅がいればちょうど良いタイミングだったのに、そう思いながら、駐車場を後にした。

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まべちがわさんの作品本当に大好きです。登場人物の一人一人がどこかに存在していそうな、そう思わせてくれるリアリティがあってとても素敵です。
いつも更新楽しみにしています。こんなに面白い作品が読めて幸せです。

モチベーション。

コメント頂きましてありがとうございます。
更新お待たせしておりまして申し訳ございません。
多忙な日々とネタ切れで尽きかけたモチベーションが
頂いたご感想で復活した気がします。
これからも、お時間のある時にご閲覧いただければと思います。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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