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陶然-酔-(4/8)

男が秘めている想いに、どう答えるべきだろう。
あいつの話を聞いて真っ先に浮かんだことは、そんな疑問だった。
同性を好きになるなんて有り得ない。
有り得ないのは分かっていても、彼が俺を選んだという事実に喜びを感じずにいられなかった。
それは恐らく、弟に対する優越感が大きかったのだと思う。
残酷な失恋で植え付けられた劣等感が、心なしか和らいでいく気もしていた。

「だから、あいつとはちょっと、距離置いとけって」
もちろん、直政は全く違う意味合いで、この話をしている。
「何で」
「お前、オレの話聞いてたのか?」
すっかり気の抜けたコーラをしかめっ面で流し込み、お冷で一息つく。
「知らない振りして、何も無かったことにした方が、関係も長続きするだろって」
「それは、まぁ、そうかも・・・な」
「そうすりゃオレも、いつか、あいつとまた仲良くできるかもしんねぇし・・・」
望んで縁を切ったはずはない。
気の置けない仲だったの弟より俺を選んだことに、複雑な嫉妬心を抱いているのかも知れない。
それでも、遠回しな警告は、却って菅への感情を歪めていく。


会社の後輩として、なりたての友達として、これからどんな風に付き合っていくか。
一人アパートに帰り、ほろ酔い気分で思案を巡らせる。
今まで通りの関係を保つことが、現段階では最良の道。
あいつの言う通り距離を置いてしまうことだけは、どうしても避けたかった。
あいつより俺を選んだという勝利を、手放したくなかった。
とはいえ、男が抱えている本心を目の前に差し出された時、俺は彼を拒否せずいられるだろうか。
幾ら悩んでも、堂々巡りになるだけで結論には辿り着かない。
逆に言えば、俺の中にはまだ、悩むだけの余地があるということなのだろう。

翌日、菅が帰ってきたのは昼前のことだった。
もうすぐ駅に着くというメールに、迎えに行くから待ってろ、と返信して家を出る。
車に乗り込み、大きく息を吐く。
一晩で出した答は、知らない振りをせず、距離も置かず、何も無かったことにはしないこと。
その後で、俺たちがどうなるかは分からない。
分からないけれど、各々が本心を隠したままで時を過ごしても、きっといつか、破綻する。


直政の家族は、週末になるとよくショッピングモールに顔を出す。
実家の近くには大きな店が無く、子供を連れて遊びがてらにやってくるのだという。
知らない内に一緒にいるところを見られても面倒な電話が増えるだけ。
たまには違うところで飯を食おう、と家から離れた場所に車を走らせたのには、そんな理由もある。

「体調は・・・もう、良いの?」
県境にある小さな蕎麦屋で、スーツ姿の彼に話題を振ってみる。
「ん?ああ・・・もう殆ど良くなってはいるんだけどね」
「ストレスとか、そういう感じ?」
「そうだね・・・一時期、猛烈に忙しかった時期があって。でもホント、大丈夫」
自殺者までは出ていないものの、近頃、関係者が鬱で休職していると伝え聞くことが多くなった。
仕事をしていれば幾らでも理不尽なことはあるし、限界まで追い詰められることもある。
程々人間関係に恵まれた今の会社でさえ、そういう状況になるのだから
大手の会社であれば、外から見えない負の部分も多くあるのだろう。
転職してきた理由も、それが何か関係しているのかも知れない。
「俺で良ければ、何でも聞くから」
「ありがとう。じゃあ、頼りにさせて貰おうかな」
穏やかに笑う菅の顔を見て、やっぱり手放せないと、思いを新たにした。


帰りの車の中で、菅は窓の外を流れる畑と山の景色を見ながら煙草を吸っている。
そろそろ秋めいて来た風が頬を掠め、心地良い。
「昨日さ、久しぶりにナオと飯食ったんだよ」
俺の呟きに、彼は僅かに間を置いて言葉を返す。
「・・・そうなんだ。変わりなかった?」
心なしか強張った声色だったのは、気のせいでは無かったと思う。
「もう二度と会わないって、言ったんだって?」

家に着くまでは、あと30分以上かかるだろう。
「まだ・・・変わってねーの?」
逃げ道のない密室で問を重ねる自分の行為が如何に残酷であるかは
俺に視線を向けることなく狼狽える男の姿を見れば明白だった。
「守アニ、オレ・・・」
「いいから、答えろよ」
目を伏せた彼が吐く弱弱しい溜め息が、車中の雰囲気を凍らせる。
遠い昔に味わった緊張感を思い出し、少し気分が悪くなった。
「変わって・・・ない」

断片的な思い出と、一瞬だけの感触を抱えて生きていこうと思っていた。
吐き出された彼の胸の内に、一つだけ引っ掛かりを覚える。
「何で、あいつと・・・キスしたんだ?」
「それは・・・」
幾つか想定された答の中で、男の口から出たのは一番聞きたくない言葉だった。
「・・・似てたから」
悔しさで、思わず憤りが吹き出す。
「ああ、そうだよな。同じ顔だもんな。・・・結局、どっちでも良かったんじゃねぇの?」
「全然違うよ、全然、違う。でも・・・」
ますます項垂れる姿に、居た堪れなさが増していく。
叶わない想いの痛みを和らげる為に、過去に縋ることは俺にもある。
「唇の形だけは、本当によく・・・似てて」
でも、彼が縋っているのは偽物。
よりによって、あいつのもの。
「好きになったりして・・・本当にゴメン」
絞り出された声が、心に刺さった。

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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