Blog TOP


陶然-醒-★(17/17)

「あー・・・何か、酒が醒めちまったかな」
乱れた姿のままベッドに横たわる輝政が、そう言って薄い笑い声を上げた。
「でも、酔った勢いとかじゃ、ねぇから」
「・・・分かってる」
身体の脇に投げ出していた俺の手を、男の手が攫い、指を絡ませる。
「ずっと、あいつが羨ましかったんだ。オレばっか、いろんなもの諦めてきたって、思ってた」
彼への想いの中で、唯一残っていたわだかまりの正体。
「だから、お前の話聞いた時、あいつに無いものを手に入れたって・・・すげー、嬉しくて」
道を外れた感情を燃え上がらせていたのが対抗心と優越感であることは、分かっていた。
「・・・お前を好きになることで、あいつに勝った気になってた」
いつか、その諍いが無くなった時、自分が必要とされなくなる不安もあった。

握っていた手に少し力を籠めると、彼の身体がこちらへ傾く。
未だ熱を持った肌の感触が、心地良かった。
「けど、今は違う」
静かに近づいて来た唇が、首筋に仄かな刺激を残す。
「あいつには勝てねぇって思い知っても、それでも、お前だけは諦められなかった」
ふと、直政が見せた遣り切れない表情が頭に浮かぶ。
この夜、兄弟の相剋には、何らかの動きがあったのだろう。
勝敗は各々の胸の内で違うのかも知れないが、少なくとも目の前の男は、結果に納得しているようだった。
「・・・本気なんだ」
二本の指が顎に添えられ、視線が呼ばれる。
すぐ後にやってきた柔らかな感触が、身体に、素直に染み込んでいく。
「ずっと、一緒に、夢見てて欲しい」


東京で行われたリゾート計画のキックオフ懇親会。
会場には、関係各社の社員以外にも業界関係者やイメージキャラクターを務めるタレントなどが揃い
このご時世からすれば、それは豪勢なものだった。
今日は一泊していくという柿沼課長たちに用事があると言い訳し、宴席途中で会場を出ようとした時
お偉方と歓談している大竹の姿が目に入る。
彼女もこちらに気が付いたのか、小さく会釈をし、その輪から中座してきた。

「もう、お帰り?」
「ええ・・・明日は朝から用事があるもので」
初めて顔を合わせた夜と同じ和装に身を包んだ女は、不意に俺の頬に指を寄せて目を細めた。
「失くしたものは、もう取り戻したみたいね」
「・・・え?」
「でも、あのネクタイだけは持って帰って欲しかったわ。探すの大変だったのよ」
絶望に落とされた直後から、希望の一歩を踏み出し始めるまでの俺を知っている唯一の人間。
決して公になることは無い時間を共有しているという連帯感からか
誰にも知られたくない秘密を握られていても尚、それ以上の信頼を寄せ始めている自分もいた。
「期待してるわよ、菅くん」
「ありがとうございます。宜しくお願いします」
「じゃあ、来週の会議で」
そう言って、彼女は麗しげな笑みを浮かべながら人々の輪の中に戻っていった。


会社に戻ったのは、夜7時過ぎ。
週末ということもあり、社員は殆ど残っておらず、フロアは閑散としていた。
来週から始まる会議用の資料を机に置き、メールをチェックする。
もう一度時計を確認して、玄関の隅にある喫煙所に向かった。

「折角だから泊まってくれば良かったじゃん」
「そうなんだけど・・・残作業もあったから」
彼が電話を掛けてくるのは、決まって7時半前。
現場事務所で晩飯を済ませるくらいのタイミングなのだろう。
誰もいない空間の中で、煙草に火を点ける。
「で、懇親会はどうだった?」
「すごい豪勢だったよ。有名人とかも来てて」
「マジで?いいなぁ・・・こっちなんか山の中で、しかもオッサンばっか」
色々なことがようやくスムーズに回り始め、俺自身にも迷いが無くなってきている。
笑いながら吐いた子供じみた愚痴すらも、何処か愛おしくさえ感じた。

「明日、朝戻ってくるんだろ?」
「ああ、そのつもり」
毎日のスケジュールが合わない中で、こうやって会話を交わすことすらできない日もある。
それだけに、余程のことが無い限り、週末は彼との時間に費やしたいと思っていた。
「・・・だから、今日帰ってきたのか?」
「ん?まぁ、それもあるかな」
土曜日の朝に少し顔を合わせ、昼はそれぞれのことを済ませて、夕方から二人で過ごす。
どちらから約束した訳でもなかったけれど、そんな流れが定着しつつある。

「まだ仕事か?」
「議事録やら報告書やらが貯まってるから、それ終わらせねーと」
「俺も会議用の企画書眺めてた」
「あんま、無理すんなよ」
「テルもな。・・・明日、楽しみにしてる」
窓の向こうには、よく晴れた夜空が広がっていた。
東京では見ることができなかった星々が、ここでは無数に見られる。
享楽と引き換えに星を手放した都会を離れ、故郷に戻ってきたことを、今なら心から良かったと思える。


二人で迎えた晩秋の朝。
幾分の肌寒さに、思わずエアコンをつけた。
「もうそろそろ、寒ぃな」
「こっちの冬は早いね」
バルコニーから聞こえてくる運転音を追いかける様に、生暖かい風が肌に当たり始める。
背中に彼の気配を感じながら、煙草を取り出した。

「・・・英聡」
週末限定の呼び名に未だ慣れない所為か、一瞬反応が遅くなる。
「何?」
火を点けようとライターに伸ばした手が、彼の声に遮られた。
「好きになってくれて・・・本当に、ありがとう」

思わず振り返った先にあったはにかむ表情につられて、顔が緩む。
ここに彼といることのできる幸せを噛み締めながら、静かに唇を寄せ合った。
背中に回された手から伝わってくる熱が気分を落ち着かせていく。
「冷たくなってんじゃん」
「ああ・・・服着るよ」
「暖めてやろうか?」
「・・・起きないの?」
「まだ、いいだろ。もうちょっと」
鼻の頭をくっつけたまま、酔い醒めを惜しむ男が俺の表情を窺った。
「しょうがないな・・・」

身体を撫で合い、口づけを重ねるごとに、悪い夢から醒めた心が新しい夢に酔わされていく。
彼と共に見る夢は酷く幸せで、この時間がいつまでも醒めないことを祈りながら、今日も二人で朝を迎える。

□ 95_陶然-酔- □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■   ■ 8 ■
□ 96_陶然-醒-★ □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■   ■ 8 ■   ■ 9 ■
■ 10 ■   ■ 11 ■   ■ 12 ■   ■ 13 ■   ■ 14 ■   ■ 15 ■   ■ 16 ■   ■ 17 ■
>>> 小説一覧 <<<

コメント

非公開コメント

Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR