陶然-酔-(3/8)
また少し、恰幅が良くなったような気がする。
「遅かったじゃん」
ジョッキに入ったジュースを呷る茶髪の男は、俺を一瞥して、そう言った。
「車、置いてきた」
「酒は程々にしろよ。お前、酒癖わりーんだから」
「分かってる」
既にテーブルには幾つもの空の皿が並んでいる。
おしぼりを持ってきた女の子にビールを頼むと、彼女は分かりましたと口にしながら皿を片付けた。
メニューを見ながら晩飯の献立を組み立てる俺に、まだ食べ足りないらしい弟が声を掛ける。
「あー、オレ、串盛り合わせとコーラ」
「まだ食うのか。しかもコーラって」
「そんな食ってねーし。ウーロン茶、嫌いだし」
「俺もウーロン茶は好きじゃねーけど」
これだけ食べていれば、この体型も納得だ。
呆れた笑いを返しながら、店員を呼んだ。
良く冷えた酒が喉を通り、一日の鬱憤を洗い流していく。
「菅は?一緒じゃねーの?」
向かいの席でスマホに目を落としていた奴が、何処か不機嫌そうに尋ねる。
「え?ああ・・・今日は東京行ってる」
「そう」
やはり、互いに連絡は取り合っているらしい。
心に安堵が過った時、やっと弟は顔を上げた。
「あいつと・・・あんま仲良くしねぇ方が良いと思うんだけど」
実際、菅は旧友に連絡を取ってはいなかった。
弟家族がショッピングモールに出向いた際、たまたま俺と一緒にいるところを見かけたのだそうだ。
茶髪の男は手元のコーラに口をつけ、ちょっと啜ってテーブルに置く。
菅との間に何かあったのか、仲違いでもしたのか。
珍しく何か考えてる風の雰囲気に、沈黙だけが流れていく。
「煙草ある?」
「ねーよ。お前、禁煙してるんだろ?」
「外では良いの」
「勝手な奴だな」
一層ふてくされた表情を浮かべる弟は、俺のビールジョッキに手を伸ばそうとする。
その腕を払い除け、残っていた液体を一気に飲み干した。
「何なんだよ。喧嘩でもしたのか?」
「・・・絶交してる」
「何で」
「あいつ、お前のこと、好きなんだって」
「はあ?」
高校を卒業する直前のこと。
直政は、長年の友人から思いもよらない告白を受けた。
「オレさぁ・・・ずっと、守アニのこと、好きだった」
「・・・え、何?好きって・・・意味わかんねぇんだけど」
「オレ、多分・・・男が、好きなんだと思う」
確かに、弟が知る限り、彼に女の影は無かった。
それは、友人が勉強に部活にと忙しくしているからだと信じ切っていた。
同性愛者であることに加え、自分の兄に恋慕を寄せていると聞かされた彼は
本能的に湧き上がった親友への嫌悪感を、必死に拭い去ろうとしたのだという。
けれど、探るような問答を続ける内、相手の本気が見えてくる。
「どうしても・・・あいつじゃなきゃ、ダメなのか?」
見えてくるほどに、友が友で無くなっていく気がして、辛かった。
「他の奴だって言うなら、もっと違う風に思えたかもしんないけど・・・」
肯定するべきなのかと何度も何度も逡巡した後、結局弟は、菅の気持ちを否定した。
神妙な直政の顔で、その話に偽りが無いことは分かる。
しかし、俺の前で、彼がそんな感情を見せたことは一度も無い。
過去のこととして何処かに置いてきたのか、ひた隠しにしているだけなのか。
いずれにせよ、俄かに信じることはできなかった。
「・・・んで、絶交した訳?」
お冷の氷を含んだ男は、ガリガリと音を立てながら噛み砕く。
「オレからじゃねーよ。あいつが・・・もう、二度と顔見せないって」
未だに連絡を取っていないということは、つまり、彼の想いは変わっていないということなのだろう。
「お前と一緒にいるの見て、まさかって思ったよ」
「まぁ、そうだろうな」
「何も、ねぇんだろうな?」
「ある訳ねぇだろ。そんな・・・全然、気づかなかったし」
意味深な溜め息を吐きながら、弟は自らの指で唇を撫でる。
「何かあってからじゃ、ショックでけぇぞ」
「何か、って・・・」
「オレ・・・あいつと、一回だけ、キスしたんだ」
「は?」
「最後に、あいつがしてくれっていうから、したけど・・・何とも言えない気分、1ヶ月くらい引き摺った」
「何で、お前と・・・」
「お前の代わりだろ。同じ顔なんだから」
弟に口づけをせがんだ男は、それ以来、一切の連絡を絶ったという。
□ 95_陶然-酔- □
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□ 96_陶然-醒-★ □
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「遅かったじゃん」
ジョッキに入ったジュースを呷る茶髪の男は、俺を一瞥して、そう言った。
「車、置いてきた」
「酒は程々にしろよ。お前、酒癖わりーんだから」
「分かってる」
既にテーブルには幾つもの空の皿が並んでいる。
おしぼりを持ってきた女の子にビールを頼むと、彼女は分かりましたと口にしながら皿を片付けた。
メニューを見ながら晩飯の献立を組み立てる俺に、まだ食べ足りないらしい弟が声を掛ける。
「あー、オレ、串盛り合わせとコーラ」
「まだ食うのか。しかもコーラって」
「そんな食ってねーし。ウーロン茶、嫌いだし」
「俺もウーロン茶は好きじゃねーけど」
これだけ食べていれば、この体型も納得だ。
呆れた笑いを返しながら、店員を呼んだ。
良く冷えた酒が喉を通り、一日の鬱憤を洗い流していく。
「菅は?一緒じゃねーの?」
向かいの席でスマホに目を落としていた奴が、何処か不機嫌そうに尋ねる。
「え?ああ・・・今日は東京行ってる」
「そう」
やはり、互いに連絡は取り合っているらしい。
心に安堵が過った時、やっと弟は顔を上げた。
「あいつと・・・あんま仲良くしねぇ方が良いと思うんだけど」
実際、菅は旧友に連絡を取ってはいなかった。
弟家族がショッピングモールに出向いた際、たまたま俺と一緒にいるところを見かけたのだそうだ。
茶髪の男は手元のコーラに口をつけ、ちょっと啜ってテーブルに置く。
菅との間に何かあったのか、仲違いでもしたのか。
珍しく何か考えてる風の雰囲気に、沈黙だけが流れていく。
「煙草ある?」
「ねーよ。お前、禁煙してるんだろ?」
「外では良いの」
「勝手な奴だな」
一層ふてくされた表情を浮かべる弟は、俺のビールジョッキに手を伸ばそうとする。
その腕を払い除け、残っていた液体を一気に飲み干した。
「何なんだよ。喧嘩でもしたのか?」
「・・・絶交してる」
「何で」
「あいつ、お前のこと、好きなんだって」
「はあ?」
高校を卒業する直前のこと。
直政は、長年の友人から思いもよらない告白を受けた。
「オレさぁ・・・ずっと、守アニのこと、好きだった」
「・・・え、何?好きって・・・意味わかんねぇんだけど」
「オレ、多分・・・男が、好きなんだと思う」
確かに、弟が知る限り、彼に女の影は無かった。
それは、友人が勉強に部活にと忙しくしているからだと信じ切っていた。
同性愛者であることに加え、自分の兄に恋慕を寄せていると聞かされた彼は
本能的に湧き上がった親友への嫌悪感を、必死に拭い去ろうとしたのだという。
けれど、探るような問答を続ける内、相手の本気が見えてくる。
「どうしても・・・あいつじゃなきゃ、ダメなのか?」
見えてくるほどに、友が友で無くなっていく気がして、辛かった。
「他の奴だって言うなら、もっと違う風に思えたかもしんないけど・・・」
肯定するべきなのかと何度も何度も逡巡した後、結局弟は、菅の気持ちを否定した。
神妙な直政の顔で、その話に偽りが無いことは分かる。
しかし、俺の前で、彼がそんな感情を見せたことは一度も無い。
過去のこととして何処かに置いてきたのか、ひた隠しにしているだけなのか。
いずれにせよ、俄かに信じることはできなかった。
「・・・んで、絶交した訳?」
お冷の氷を含んだ男は、ガリガリと音を立てながら噛み砕く。
「オレからじゃねーよ。あいつが・・・もう、二度と顔見せないって」
未だに連絡を取っていないということは、つまり、彼の想いは変わっていないということなのだろう。
「お前と一緒にいるの見て、まさかって思ったよ」
「まぁ、そうだろうな」
「何も、ねぇんだろうな?」
「ある訳ねぇだろ。そんな・・・全然、気づかなかったし」
意味深な溜め息を吐きながら、弟は自らの指で唇を撫でる。
「何かあってからじゃ、ショックでけぇぞ」
「何か、って・・・」
「オレ・・・あいつと、一回だけ、キスしたんだ」
「は?」
「最後に、あいつがしてくれっていうから、したけど・・・何とも言えない気分、1ヶ月くらい引き摺った」
「何で、お前と・・・」
「お前の代わりだろ。同じ顔なんだから」
弟に口づけをせがんだ男は、それ以来、一切の連絡を絶ったという。
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