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陶然-醒-★(2/17)

「何これ?すげー見にくいんだけど」
プリントアウトした資料を手に、名ばかり上司は嘲笑を浮かべて言い放った。
慣れない資料作りに苦戦はしたが、自分なりに体裁は整えたつもりだった。
「いつもこんなの作ってんの?派遣のおねーちゃんの方が、もっとマシなの作るんじゃねぇか?」
作業を頼まれたのは夕方前、全部を文字に起こし終わったのは夜9時過ぎ。
昨晩やるはずだった仕事に手を付けられなかった鬱憤が、溜まっていたのも確かだった。
「ですが、時間もあまり・・・」
「あぁ?言い訳してんじゃねーよ、下っ端のくせに」
矢庭に立ち上がった男が俺の胸ぐらを掴み、気味の悪い笑みを浮かべる。
「そこは、すみませんでした、作り直します、だろ?」
「秋月君、もう、その辺で・・・」
恐怖で顔を引きつらせる俺に、不穏な空気に気が付いた角谷課長が助け舟を出してくれた。
鼻息を一つ吐いた男の手が、俺の身体を押し返す。
「もう良いわ、おねーちゃんに頼むから。っんとに、使えねー奴」

それ以降も、同じようなやり取りは幾度となく続いた。
やがて、現場打合せや会議で社外に出る機会があると、妙にホッとするようになり
見かねた上司や先輩からは適当にあしらうようにとの助言もあった。
初めの内は言い訳にも苦慮し、罵倒されることもあったが
しばらく経つと、彼の言動は思いのほか落ち着いたものになっていく。
ただ、秋月の恫喝は、彼への恐怖心という形で、少なからず俺の心に燻り続けていた。


大きな転機が訪れたのは、夏の初めのことだった。
「菅、ちょっと」
俺の席までやってきた秋月は、少し抑えた声でそう言って、腕を掴む。
「・・・何でしょうか」
「いいから、ちょっと来い」
以前までの態度とは少し違う、不気味なほどに落ち着いた様子に、仕方なく席を立つ。

「今週の金曜日、夜、空いてるか?」
人の気配が無いロッカールームで、彼はそう尋ねてきた。
「どういった、用件で・・・」
「接待に付き合って欲しいんだよ」
男が胸ポケットから取り出した名刺には、俺のグループが担当しているデベロッパーの社名と
取締役と添えられた、末広という男の名前があった。
「・・・何故、私が」
「若い社員の話を聞きたいんだってさ。だったら、君が適任かと思ってね」
「ですが・・・」
答を出しあぐねていた俺に、彼は顔を間近に寄せて凄んでくる。
「お前にも役に立ちそうな仕事させてやるんだからさ、黙ってついて来いよ」
小柄な男の目つきが、心の奥底の恐怖を蘇らせた。
後しばらくの辛抱だ、そうすれば、こいつはいなくなるはずだ。
微かに震える唇を宥めて、答を返した。
「・・・分かりました」


内々の接待だから、他の社員には口外しないように。
金曜日の終業後、秋月の命に従って何も言わず会社を後にした。
社屋から少し離れた大通りで男と落ち合い、そこからタクシーで接待場所へ向かう。
車内では特に会話も無く、程なくして、古い木造家屋の前で車は止まる。
目立たぬように掲げられた表札には、何処かで聞いたことがある料亭の名前が書かれていて
場違いなところに足を踏み込んだと、緊張感が気持ちを強張らせた。

10分ほど裏門の前で待っていると、一台のハイヤーがやってくる。
深々と頭を下げた秋月に倣い、頭を下げた。
「わざわざご足労頂き、ありがとうございます」
「構わんよ。そろそろ正念場なんだろう?」
「ええ・・・そのお話は、後程ゆっくりと。ところで、今日は部下を連れて参りました」
「菅と申します。宜しくお願い致します」
目の前に立つ初老の男に、再度頭を下げる。
「そんなに緊張しないで。楽しくやろうじゃないか」
スリーピースのスーツに身を包んだ恰幅の良い姿は確固たるステータスを見せつけるようで
けれど、柔和な表情で俺の肩を叩いた彼は、仲居の後に続いて門をくぐっていった。


「常務の旗色はどうなんだい?」
「お陰様で、順調に動いています」
末広と秋月の話を聞きながら、一人所在の無い俺は、運ばれてくる懐石料理を黙々を口に運んだ。
味を楽しむ余裕などは、微塵も無かった。
「ただ、もう一押しを、是非末広様にお願いしたいと思いまして」
「僕が出ていったところで、何か変わる訳でもないだろう?」
「いえ、私共にご協力頂けるとお約束頂ければ、態度を保留している者たちにも良い刺激になります」

デベロッパーの取締役をしている末広は、ウチの会社の社外取締役でもある。
当然、次期社長の選任にも大きな影響力を持っている為
秋月は接待を繰り返し、男の懐柔を試みているらしかった。
場の雰囲気は決して悪いものではなく、彼に分があるだろうと、表面上、思わせられる。
「福岡君もなかなかやり手だと聞いてるけど、君はどう思う?」
「叩き上げですので、古参には評判が良いようですが・・・経営者としての才があるとは思えません」
「お父上の方が、上だと?」
「もちろんです」
普段の不遜な態度が嘘のように、上司はひたすらに媚びへつらった言葉を繰り返した。

宴もたけなわになった頃、秋月は部屋付の仲居を外させる。
その様子を見届けてから、鞄から袱紗に包まれた何かを取り出し、卓の上に置いた。
「・・・何卒」
中身は、明らかだった。
差し出された包みを一瞥した接待相手は、小さく頷き、手に取る。
「是非、協力させて貰うよ」

懐柔の瞬間。
隣に座る秋月は、安堵の表情で何度も何度も頭を下げる。
旗色は彼が言うほど良くは無いのかも知れない。

□ 95_陶然-酔- □
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コメント

非公開コメント

星は見上げるもの。

>10/26 23:04 に拍手コメントを頂いた閲覧者さま

基本的に拍手コメントにはお返事しないことにしておりますが
イレギュラーに返信させて頂くことをご了承ください。

コメントとアドバイスを頂きまして、ありがとうございました。
指摘を受けて気が付きましたが
スマホ用テンプレートにはランキングへのリンクが表示されていなかった為
一日のアクセスの半数以上がスマホからという状況も鑑みて追加してみました。

もっとも、星の数ほどある同様のblogの中で上位を目指すのは難しく
ご期待に沿う結果を目に見える形で示すことはできないかも知れませんが
今後とも何卒宜しくお願い致します。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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