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陶然-醒-★(7/17)

粉飾決算、贈収賄、それらを受けた社長の引責辞任。
一ヶ月足らずの間で、会社は幾度となく大波に飲まれた。
ただ、同時期に大手自動車会社のリコール騒ぎが起きたこともあり、報道はそれほど過熱することも無く
落ち込んだ株価も、何とか下げ止まっている。
新社長には、何某かの思惑通り、福岡専務が就任し
彼が持つ大手ゼネコンやデベロッパーへのパイプのお陰で、工事件数の目減りも極僅かで済んだ。

ストレスの種だった存在は、いなくなった。
社内の雰囲気もやっと落ち着いてきて、仕事も元のペースを取り戻している。
それなのに、何かが満たされないような気分の夜が続く。
帰り際のコンビニで何となく手に取ったウイスキー。
初めはハイボールを1、2杯飲む程度だったのが、何時しか水割りになり、ロックになり
小さな台所の隅に空き瓶が並んでいくにつれ、褐色の液体にのめり込むように依存していった。

「最近、調子悪そうだな。大丈夫か?」
ミーティング後、角谷課長にそう声を掛けられ、改めて自分の変調に気づかされた。
以前なら30分前には出社していた朝も、今は起きるのにも苦労し、ギリギリになることが多い。
就業中も不意に酒への欲求が湧き立ち、手が震えることがある。
酷い時は昼まで深酒が残り、食欲も出ず、ここしばらくの間でだいぶ体重も落ちた。
飲み過ぎているかも知れない、でも、これくらいなら、まだ平気だろう。
言い訳しながら何とか誤魔化してきたつもりだったものが、他人の目にも分かるようになってきている。
「え、ええ・・・すみません、大丈夫です」
引きつった答を返した俺に、上司は顔を近づけて短く耳打ちをした。
「酒は程々にしとけよ。お前、最近酒臭いことあるぞ」

サラリーマンとしての生活サイクルから転げ落ちるまで、それから大して時間はかからなかった。
有りもしない理由を並べて休みを取り、体調不良を告げて欠勤する。
電話から聞こえてくる訝しげな上司の声も、虚ろな頭で聞き流せるようになっていく。
自分に言い訳することも、こうなった理由を探すことも、将来を考えることも無く、衝動のまま酒を口に運ぶ。
それでも、気分は、満たされないままだった。


冬の初め、見かねた課長に引き摺られるように連れてこられたカウンセリングルーム。
「この半年ほどの間で、何か、失くしたものはありますか?」
会社と提携している産業医は、一通りの問診の中で、そう尋ねてきた。
「失くした、もの?」
「肉親や恋人、親友であったり・・・長年大切にしてきたものでも構いませんが」
蝕まれている頭の中に、それは、すぐに浮かんでこなかった。
思い起こす度に、春の陽のような暖かく明るい気分をもたらしてくれた慕情。
絶望を肴に酒を呷る自分にとって、あまりにも眩しすぎる想い。

元上司からのパワハラによる軽度の鬱と、喪失感によるアルコール依存症。
診断書と処方箋を手に部屋を出た俺に、廊下で待っていたらしい上司は長期休暇の勧めを口にする。
幾許かの責任を感じてくれているであろうことは、彼の表情から容易に読み取れて
感謝の念と共に、自分の不甲斐なさを改めて痛感した。

小さな化学物質の塊が身体の中でどんな作用をしているのかを知る由もないが
服薬と断酒を始めて数日もすると、波立っていた感情は段々と凪を取り戻していく。
またいつか、必ず手に入る。
優しい感触と共に身体に摺り込まれた慰めの言葉を、正面から受け止めることが出来る様な気もする。
喜怒哀楽の角を削り取られたような心に違和感を抱きながら、絶望に背を向けて歩みを進めた。

ただ、身体には、もう一つの変調が表れ始めていた。
たまの機会に自らを慰めようとしても、勃起はするものの、絶頂まで至ることができない。
手が届きそうになる瞬間、思い起こされるのはあの夜の光景、無様な "本当の自分"。
恐怖にも似た感情が全身を強張らせ、心身を萎えさせる。
これだけは医者に打ち明けることもできず、回復の兆しも見えないままだった。


それから3ヶ月ほど経った春、やっと産業医から復職の許可が出た。
一時期の荒れていた自分とは多少なりとも変わった自覚はあったけれど
いつまた堕ちるか分からない恐怖心が残っていたことも確かで
しかも、新年度の配置転換で新たな社員が増え、部署内の空気は随分変わっている。
体調に関する心遣いや憐みの眼差しも、却って、持ち直した気迫を削り取る。
自分はこの場に必要とされていないのではないか。
そんな風に思い込んでしまう悪い癖は、やはり、治ることは無かった。

退職の相談を上司に持ちかけたのは、季節が変わり始める頃。
変調を来してから復帰に至るまで、ことある毎に俺のことを気にかけてくれていた彼は
口惜しいといった表情を浮かべながらも、何処か諦念を含んだ口調で慰留の言葉を並べ
俺はそれに、断りの返事で応えた。

「何処か、次に行く当てはあるのか?」
問を受けた時点で、将来は何も見えていなかった。
幾つかの転職サイトに登録し、数社にエントリーし、芳しい返答を貰えないままで日々が過ぎていく。
大した経験がある訳でも、目を引くような資格を持っている訳でも無く
いっそのこと、業種も職種も、全く違うものにするのも悪くない。
浅はかな俺のビジョンに、上司は投げやりな情動を読み取ったのだろう。
提示された伝手は、新卒の就職活動の際にも候補になった地場ゼネコン。
彼の大学時代の同級生が、そこの総務部長をやっているらしい。

正直、地元に帰ることには葛藤もあった。
知り合いもいるし、土地に愛着もあるし、何より、彼もそこで暮らしているはずだ。
しかし、酒に溺れ、自分を見失った末にドロップアウトして帰郷することは
ちっぽけなプライドに、耐えがたい敗北感をもたらす。
「・・・少し、考えさせて頂けますか」

結局、保留にしていた誘いに了承の答を返したのは3日後。
環境をリセットしつつ、やりがいを感じ始めた仕事が続けられるという好条件をここで見過ごしてしまえば
恐らく、もう二度と巡り会うことは無いだろう。
家族とも親友とも疎遠になっていることが幸か不幸か分からないが
一人で新しい人生を始めるには、あれくらいの街が良いのだろうとも思う。


7月の終わりに役員面接を受け、盆休み前には正式な採用通知を受け取った。
入社日は9月1日。
それに向けた再始動の作業が、盛夏の訪れさえも忘れさせていく。

8月最後の週末、久しぶりに故郷への道を車で走る。
主目的は、先方での諸手続きと、引っ越しの荷物の受け取り。
車窓を流れていく、変わらない風景を目にするにつれ
大学進学で上京して以来、一度も、この街へ戻ってきていないことを思い出す。
幼い頃から反りが合わなかった父と、顔を合わせたくない。
訳あって絶縁してしまった親友とは、顔を合わせることができない。
帰郷する理由を見失って数年が経った今、自分も、周りも、それなりに変化をしてきているはずだ。
これを機会に、少しずつ、過去を清算できるかも知れないという期待もあった。

□ 95_陶然-酔- □
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□ 96_陶然-醒-★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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