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陶然-醒-★(12/17)

都会を後にした電車は、家々と田畑が混ざり合う平地を走り、川を渡り
徐々に落ち着きのある風景の中へ向かっていく。
やがて多くの車が行き交うバイパスと並走し始め、見慣れた建物が目に入ってくる。
もうすぐ駅に着く、そう送ったメールの返事が届いたのは、電車がちょうど駅に入ったタイミング。
たった一日離れていただけの男の面影が、心から愛おしく思えた。

たまには遠出してみないか、車に乗るなり、輝政はそう言った。
「あんまり疲れさせない様にするからさ」
病気のことを知って、何か気を遣ってくれているのかも知れない。
ネクタイを緩める俺に対して微笑んだ彼の表情に、そんなことを推し量った。

ショッピングモールを過ぎ、パイバスを走り続けること1時間弱。
県境近くの蕎麦屋に着いたのは、昼食の時間帯を少し過ぎたあたりだった。
付き合いがある現場の親方に連れてきて貰ったことがあるのだという彼の後をついて、店に入る。

「体調は・・・もう、良いの?」
注文した品を待つ間、輝政は言葉を選ぶようにこちらを窺ってくる。
「ん?ああ・・・もう殆ど良くなってはいるんだけどね」
「ストレスとか、そういう感じ?」
「そうだね・・・一時期、猛烈に忙しかった時期があって。でもホント、大丈夫」
真と嘘を織り交ぜながら、彼に答える。
回復してきている、というのはカウンセリングを担当してくれた心理士の言葉にもあり
それは自分でも実感していることだった。
「オレで良ければ、何でも聞くから」
「ありがとう、じゃあ、頼りにさせて貰おうかな」
きっと本当のことを話しても、彼なら受け止めてくれるだろう。
けれど根元まで辿っていけば、あの夜のことまで話さなければならなくなる。
それだけは、どうしてもできなかった。


帰路につく車の前後に車影は見えない。
制限速度を少し超過するようなスピードで、真っ直ぐな道を走っていく。
田舎の景色が煙草の煙と共に流れ、季節の移ろいを感じさせる空気が顔を掠めた。
「昨日さ、久しぶりにナオと飯食ったんだよ」
不意に聞こえてきた男の声に、少し心が強張る。
相変わらず仲が良好とは感じられない兄弟でも、顔を合わせることはあるだろう。
狼狽を悟られないように、一呼吸置いて言葉を返す。
「・・・そうなんだ。変わりなかった?」
彼は、それに対し、間髪を入れず問を投げかけてきた。
「もう、二度と会わないって、言ったんだって?」

血の気が引く思いだった。
首筋の辺りに覚えた寒気が、一気に全身へ広がっていく。
何故輝政がそのことを知るに至ったのか。
自分は今、どんな答を発するべきなのか。
混乱に支配された状態で、唇を震わせることしかできなかった。
「まだ・・・変わってねーの?」
彼の追い討ちに、感情はますます迷走していく。
「守アニ、オレ・・・」
「いいから、答えろよ」
車は依然スピードを落とさないまま、走り続けている。
この空間からも、男の追及からも、逃げ果せる方策は無かった。
「・・・変わって、ない」


先手を取っておけば良かったのかも知れない。
絶交を決めた旧友に、自分の気持ちを偽ってでも、約束の反故を頼むべきだった。
そうすれば、少なくとも、彼の気持ちを煩わせることは無かったはずだ。
運転席に座る男の表情を確認することもできないまま
風に揺れるネクタイの行方をひたすら目で追いながら、自分の想いを吐露した。

車内にしばらくの沈黙が訪れた後、彼は一つの疑問を呈してくる。
それは、彼にとっては当然の、俺にとっては聞かれたくない問だった。
「何で、あいつと・・・キスしたんだ?」

思えば彼らに出会った頃から、俺は二人の違うところを意図的に探していたように思う。
あの時、友の顔の中で唯一、記憶の中の面影を思い起こさせる部分があった。
「それは・・・似てたから」
「ああ、そうだよな。同じ顔だもんな」
歪んだ彼の吐息と共に、エンジンの回転数が僅かに上下する。
「・・・結局、どっちでも良かったんじゃねぇの?」
「全然違うよ、全然、違う。でも・・・唇の形だけは、本当によく・・・似てて」
色々なものを犠牲にして手に入れたあの感触は、思い出せないままだった。
しかし、やっとの思いで取り戻した日陰の恋心は、彼の視線に曝されることで消えてしまう。
俺には、もう、何も残らない。
「好きになったりして・・・本当にゴメン」


ウインカーの音が微かに聞こえ、車が減速し始める。
すぐに、窓から入ってくる風が感じられなくなった。
シートベルトを外す金属音に、思わず身体がビクつく。
「・・・菅」
目の前の闇に、相対する勇気は無かった。
遠のきそうになる意識を無理矢理醒まさせたのは、唐突に近づいてきた男の気配。

頭を掴まれたままで向き合った彼の表情を確認する間もなく、軽い衝撃と共に唇が重なり合う。
その感触を追いかける様に状況が認識され始めると、疑問符だけが頭を巡っていった。

ふと離れた彼の口から、小さく息が漏れる。
細い視界の向こうからは、何処か切なげな眼が自分を真っ直ぐに見つめていた。
再び触れ合った物の感触が、今度は直接的な刺激になって身体に作用してくる。
自制心が揺さぶられる恐怖で咄嗟に手が動く。
彼の肩に手を置き僅かに力を掛けると、男の体温はゆっくりと離れていった。

真意を聞くべきか逡巡している自分に、彼は少し眉をひそめて口を開く。
「せめて、思い出すなら、本物にしてくれ。そんなものまであいつに取られるなんて、耐えらんねぇ」
兄弟の関係は、思った以上に捻じれている。
"そんなものまで、あいつに取られる"
彼の行為と言葉には、自分に対する想いよりも弟に対する葛藤が感じられ
散々焦がれてきた本物の感触の余韻を味わうことに、躊躇いが生じてくる。
「守・・・」
「あと、その呼び方、もうやめてくんないか。あいつの付属品みたいで、嫌なんだ」
「・・・分かった」
弟が成し得なかった俺との関係を築くことで、彼は、優越感を手に入れたいのかも知れない。

「・・・テル」
今まで妄想の中で幾度となく呼びかけてきた名前を、初めて口にする。
「本当に、良いのか?」
「さあ・・・どうなんだろうな」
「いつか、きっと、後悔する。もっと、まともな・・・」
「後悔しない人生なんて、ねぇよ。どんな道選んだって、あん時こうしておけば良かったって、思うさ」
決着のつけ方は、もっと他にもある。
気の迷いなら、まだ引き返せる。
何より、こんな形で恋心を成就させるのは、余りにも惨めだ。
戸惑いを隠さない男の表情に、まだ挽回の可能性があることを悟る。
立ちはだかる岐路の前で差し伸べられた手を取ることは、できなかった。

□ 95_陶然-酔- □
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□ 96_陶然-醒-★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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