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陶然-醒-★(3/17)

「大変申し訳ございませんが、私はこれで・・・」
料理も一通り終わり、酒で雰囲気が和み始めた頃、秋月は急にそう口にした。
「後は、菅がお付き合いさせて頂きますので」
そんな話は聞いていないし、そもそも一人残されてどう対処して良いのかも分からない。
混乱する俺に、彼は、失礼の無いように、と耳打ちをして席を立つ。
「ああ、常務に宜しく伝えておいてくれ」
「承知致しました。本日は、誠にありがとうございました」

襖が閉まると、向かいに座る末広はふと表情を崩す。
「全く、毎度勝手な男だな」
仲居が注いだ酒を飲み干し、男は呆れたような口調で吐き捨てた。
「つまらない話に付き合わせて、悪かったね」
「いえ・・・とんでもないです」
目を細めて俺を見た彼が、再び仲居を外させて、代わりに傍へ来るようにと合図を送ってくる。
酌を要求されていると思いつつ、懐疑心を悟られないように卓の反対側へ回り
立膝でお銚子を手に取った瞬間、男の手が不意に腰へ回されてきた。

「彼のこと、どう思う?」
予想外の行動に、身体も、思考も上手く働かない。
「どう、とは」
それを解さんと、末広は腰から背中、肩へと弄る範囲を広げてくる。
「今日の約束を取り付ける時、彼が何て言ったか、分かるか?」
「・・・いえ」
「若い社員を連れていく、好きにして良いってね。・・・要は君も、賄賂の内だってことだ」
徐々に引き寄せられる状況に、抗うこともできなかった。
相手は取引先の役員、しかも次期社長候補とのコネクションもある。
一介の平社員の処遇など、どうにでもできる立場だ。
「まったく、酷い上司だな。同情するよ」
耳に寄せられた唇から、低い声が耳に直接挿し込まれていく。

同じ憂き目にあった社員は、他にもいるようだった。
過去数回の接待で、秋月は毎回若い男の社員を帯同していたという。
部署が変わる度、一人下っ端の社員に目をつけた後、パワハラで恐怖心を植え付け
時期を見て、末広に差し出す。
そう得意げに話していたのだと、初老の男は耳元で囁いた。

襖の向こうから、ハイヤーが到着したという仲居の声が聞こえてくる。
少し待たせておけ、と答えた男は、尚も俺の身体の感触を確かめながら、一つの提案を口にした。
「君が最後まで付き合ってくれるなら、常務もろとも、飛ばしてやろう」
太い指が、ある場所へ向かう気配をちらつかせる。
それが何を意味しているのか、分からない訳は無かった。


秋月の勝負は、ここに来るずっと前から、既に決まっていたらしい。
態度を保留にしていた最後の社外取締役である末広は、その実、長年、福岡専務と懇意にしてきた。
一方で、当初から分が悪かった常務側の賄賂工作は、今年に入って段々と度を超すようになり
ついには粉飾決算まで手を出しているのだという。
都市銀行から経理部のトップに転職した経歴を持つ常務だからこそ可能な裏工作だったものの
結局はその情報が専務の耳へと入ることになり、失脚への算段が着々と立てられていた。
「専務名義の告発状は作成済みだが・・・提出の時期については、僕に一任して貰っていてね」
粉飾決算の事実が公になれば、そこから贈収賄事件に発展することは間違いない。
しかし、これを見過ごせば、いずれ秋月常務は社長となり、会社の自浄作用は全く働かなくなる。
余りに大きな決断を迫られ、頭の中の整理がつかない。

「・・・っく」
突然掴まれた性器が、答を急かすが如く乱暴に弄られる。
思わず、男の手に自分の手を添えた。
「迷っているなら、正義の味方になっても良いんじゃないのか?」
首筋に吐息がかかり、間もなく舌がうなじを這う。
不快だという思考とは裏腹に、未体験の刺激が身体を震わせる。
「それとも、一生、あんな男に足蹴にされて過ごすか?」
ほだされていく身体の変化を、男の掌は確実に分かっているはずだった。
答は、もう、一つしか無かった。
「・・・お付き合い、します」


男とハイヤーで向かったのは、副都心の中に建つ名の知れたホテルだった。
仕事で訪れる度に下から見上げることはあったが、そこから見下ろす街の灯は怖い位に美しい。
一方、光の余韻が沁み込む空には、星一つ見えない。
いつの間にか、こんな闇にも違和感を持たなくなっているのだと、鏡に映る自分を見て気が付いた。

自分が同性愛者だと自覚したのは、中学卒業の頃。
初恋の相手は、親友の双子の兄だった。
大して仲が良い訳でもなく、普段から言葉を交わすことも無かったが
時折見かける様々な表情と声を浮かべるだけでも幸せだった、淡い恋。
上京する直前、旧友に貰ったおぼろげな感触は今でも鮮明に覚えていて
それだけを拠り所に、これまでも、これからも、生きていこうと思っていた。

大学、社会人と時間を経ても、他の男と性的な関係はおろか、恋にすら落ちたことは無い。
叶わないであろう二人だけの理想の世界を、ずっと抱えてきた。
なのに、現実は、見知らぬ男の手で惑わされる単純な身体であることを目の前に突き付ける。
「ここに」
末広に促されるまま、一人掛けのソファに腰かけた。
上着を脱がされ、ネクタイが外される。
「君は、素質が、あるようだから・・・良い時間が過ごせるんじゃないか」
愉快そうに笑みを浮かべながら、男は手に持ったネクタイを俺の口に噛ませ、後頭部で縛り上げた。

□ 95_陶然-酔- □
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□ 96_陶然-醒-★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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