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陶然-酔-(7/8)

電話が鳴ったのが何時くらいだったのか、よく覚えていない。
「お前、こねぇんなら連絡くらいしろよ」
聞こえてきたのは、不機嫌な声だった。
「ああ・・・ちょっと、飲んじまってさぁ」
「ちょっと・・・?ちょっとどころじゃねぇだろ、その声」
怒っているというよりも、呆れている口調。
俺の理性が酒に壊される時、奴は決まってそういう態度を見せる。

「・・・で、お前さぁ、菅とは仲直りした訳?」
「え?ああ・・・まぁな」
「へぇ」
電話の向こうから、盛り上がりを示すような笑い声が聞こえてくる。
無性に、気に障った。
「余計なこと、してんじゃねーよ」
「はぁ?お前の為だろ?もっと、まともに生きる道があんだろっつってんの」
「まともって?学校中退して、親父に仕事まで世話して貰って、デキ婚すんのがまともか?」
「何だよ、その言い方。少なくとも、あいつとどうにかなる方がまともじゃねぇだろ?」
「そんな奴と、また友達始めんの?」
何も無かった振りをしてやり過ごそうとしている弟は、俺の一言で言葉を失う。

「テル?」
一瞬の静寂の間に聞こえてきたのは、義妹の声。
あいつの背後から、電話の相手を尋ねてきたらしい。
「ああ、そう・・・今日は来ねぇって」
「そうなんだ。久しぶりに顔見られると思ったのに」
「すぐ、行くから。先やってて」
耳に沁みる、くぐもった声。
もし、あの時、俺を選んでくれていたら、俺はどうなっていただろう。

「俺さぁ、昔、根岸に告ったことあんの」
「は・・・?」
「中学ん時さー・・・でも、お前の方が良いって、フラれたんだよね」
「マジ、で?」
「マジで」

生まれた時から何一つ変わらない俺たちは、生まれた時から兄と弟として区別されてきた。
物分かりの良い兄と、我儘な弟。
勝手に作られた枠に嵌って、周りの希望通り役を演じてきたが、もうそんな役回りはごめんだ。

「お前が専門行きたいっていうから、大学諦めてさぁ」
高校を出たら就職すると言っていた弟が、突然専門学校へ行きたいと言い出したのは3年の春。
俺は2年の頃から大学進学の意思を伝えていて、家族もそれを了承していた。
けれど、家には兄弟二人を上の学校へ行かせる程の経済的な余裕はない。
勉強ができるとは言い難い弟は、何かしら手に職をつけなければフリーターの道一直線。
少なくとも、あいつに自活する意思があると見做した父は、俺に進学を諦めるような雰囲気を匂わせる。
迷った挙句、俺は、大学進学を諦めた。

「お前が子供デキたっていうから、実家出てさぁ」
子供ができたと聞いたのは、二十歳になる直前の夏。
珍しく夕食時に帰宅した弟は、悪びれもせずに家族にそう告げた。
薄給で家を借りる余裕も無いと、俺を見て笑ったあいつを、睨みつけることしかできなかった。
幸い、会社は右肩上がりの時期。
経済的な面では俺に分があると、弟はよく分かっていた。
家族が二人増えても暮らせない訳では無かったが、彼女を家族として見ることに耐えられない。
今度は、父に促されることなく、さっさと家を出た。

「これ以上、俺の人生に、横槍入れんなよ」
酒で意識が朦朧としているのに、鬱憤を孕んだ言葉だけが滑らかに出ていく。
今まで口にしてこなかった本音を耳にして、あいつなりに思うところもあるのだろう。
罵声が返ってくると覚悟していた俺に聞こえてきたのは、狼狽える震え声だった。
「そんな、つもり・・・オレは、ただ・・・」
「もう、どうでもいいけどな。まともな人生なんて、歩むつもりもねーし」
取り返しのつかないことを憂えても、何にもならない。
諦めもとっくについている。
ただ一つを除いては。
「でも、いろんなもんくれてやったんだから・・・菅くらい、俺に寄越せ」

何でなんだよ、そんな呟きと共に吐き出された大きな溜め息が伝わってくる。
別に、こんな奴の同意なんか必要無い。
無理矢理奪い去ってしまえば良いだけのことだ。
それでも言葉を待ったのは、兄弟としてのせめてもの義理だったのかも知れない。
「・・・分かったよ、好きにしろ」
重苦しいトーンのあいつの声で、一つ、肩の荷が下りた気がした。


菅に電話を替わるよう頼むと、男を呼ぶ声の後、相当酔ってる、という耳打ちが聞こえた。
「・・・テル?」
「ちょっとさぁ、飲み過ぎちゃって・・・今日は、行けねーや」
「何やってんだよ」
ついこの間までと何も変わらない声に、急に込み上げるものを感じる。
孤独感が、より一層深まった。
「本気なんだ、俺・・・会いてぇよ・・・菅」
暗い部屋の中で、闇を見つめながら弱音を吐く。
手にしていたビールの缶に、液体は残っていなかった。
「今・・・何処にいる?」
「家」
「30分で行くから、待ってろ」
優しい声だった。
「・・・分かった」
そう返事をしながら、意識が徐々に薄れていくのを感じていた。

□ 95_陶然-酔- □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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