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陶然-醒-★(10/17)

卒業式の前の日は曇り空で、やけに肌寒かったのを覚えている。
校門を出ようとしている直政に、後ろから声を掛けた。
「今、帰り?」
「そう。菅は・・・引越し、もうすぐじゃねぇの?」
「今週末かな」
「東京行っても、休みには戻ってくんだろ?」
「そのつもり」
仲間内の送別会は既に済ませ、各々が新たな門出に向かって歩き始めている。
とはいえ、郷里を離れるのは俺ともう一人くらいで、彼を始め、友人たちの殆どは地元に残る。
彼の兄も、また、この街で就職するのだという話は聞いていた。

「守アニは、就職するんだってね」
「ああ、そう」
「勉強できるんだから、大学行けば良かったのに」
無意識で口にした言葉に、友人は顔を歪ませる。
「知らねぇよ。あいつが決めたことなんだし」
ここ半年以上、兄の話題になると、彼はそんな態度で不仲を暗に示してきて
居た堪れなさを感じながら、話を擦り替えることがしばしばあった。
「・・・何でお前、テルのこと聞きたがんの?直接聞きゃあいいじゃん」
「まあ、そうだけど。・・・接点ないし」
耐えかねたのであろう心情が、言葉と視線でぶつけられる。
「オレ、あいつと仲わりーの、知ってんだろ?あんまり良い気分しねーんだけど」

向き合った彼の顔に、想いを寄せる男が重なる。
彼氏彼女を作り、幼い恋を満喫する仲間たちを羨ましく思う日々。
そんな中で一人育んできた想いを、何処かで理解して欲しい思っていた部分は確かにあった。
「何だよ?」
立ち止まった俺に、直政は訝しげな言葉を投げる。
「俺さぁ・・・」
仲違いを続ける兄に対して、然程の興味も持っていないものだと、思っていた。
「ずっと、守アニのこと、好きだった」
呟きを聞いた友の顔が、俄かに強張っていく。
「・・・え、何?好きって・・・意味わかんねぇんだけど」
「俺、多分・・・男が、好きなんだと思う」


彼との距離が少し遠くなったのは、気のせいでは無かった気がする。
「マジで・・・お前。何で、あいつ?」
「・・・分かんない。一目惚れかな」
「一目惚れって・・・男に?しかも、オレと・・・」
混乱したような口調が不意に止まり、僅かに怯えた視線が俺を刺す。
理解しがたい感情が自分にも向けられているのではないかと、彼は思ったのだろう。
「お前には、そういう感情、持ってない」
「でも、似てんじゃん。あいつと、何が違うんだよ」
「違うよ、全然。喋り方も、笑い方も、歩き方も・・・全然違う」
確かに顔の造りはよく似ているし、声も、背格好もほぼ変わらない。
関係が遠いからこそ、憧れて、夢を見て、恋に落ちたのかも知れない。

「あいつと、キスしたいとか、ヤりたいとか、そう、思ってる訳?」
「・・・ぶっちゃけ、思ってる」
「テルは・・・そういう趣味、ねぇと思うけど」
「だろうね」
たどたどしい問に答える度、聞こえてくる声のトーンが息苦しいものになっていく。
話題の着地点が見えないまま、時間だけが過ぎる。
彼が言い知れない嫌悪感を抱いているのは、痛いほど理解できて
それでも、未だ俺の前に立っていてくれていることが、救いに思えた。

誰かを好きになることには、段階がある。
好意を持つことから始まって、好意を持たれることを期待し、その身体を欲するようになり
それはやがて独占的な感情になって、何時とも分からない成就の時を慰めるように待ち望む。
「どうしても・・・あいつじゃなきゃ、ダメなのか?」
ここまでのめり込んだ相手は、後にも先にも彼一人だった。
俺にとっては、彼が、全てだった。
一瞬逸らした視線で、恐らく、答は伝わったのだろう。
「他の奴だって言うなら、もっと違う風に思えたかもしんないけど・・・」
揺らぐ眼差しに、彼の心情が映る。
「あんな奴でも、一応兄弟だし・・・あいつには、幸せに、なって欲しいと思ってるんだ」
これが、彼なりの精一杯の拒絶の言葉。
そして、彼ら兄弟の間にある、他人からは決して慮ることのできない想いを見せつけられるようだった。


「・・・ナオ」
俺の呼びかけに、友は戸惑いの表情を崩さない。
彼との距離は、もう、元には戻らないのだと思い知った。
「一つだけ、我儘聞いてくれないか」
数年続いてきた時間が、ここで途切れる。
それでも、独りよがりな恋心を手放すことができなかった。
「そしたら・・・二度と、顔見せないから」

仲違いしている、というのは、恐らく兄からの一方的なものなのだろう。
目を閉じて身体を強張らせた友人を見て、そう思わせられた。
そうでなければ、ここまでは、できない。
二人の中で、唯一見紛うばかりに似ている、唇の形。
兄を想う気持ちを吸い込みながら、一瞬だけ、自らの物と重ね合せた。

「本当に、ゴメン・・・今まで、ありがとう」
遣り切れない眼差しを向けてくる旧友に、小さく頭を下げる。
「・・・菅」
「約束は、ちゃんと、守るよ」
大切なものを失う代わりに残された、些細で、温かな感触。
しかしもう、秘めた恋に罪悪感を抱くことも無い。
これで良かったんだ。
呪文のように頭の中で繰り返しながら、その場を後にした。


運命の悪戯に引き合わされた男が、そんな彼の今を教えてくれる。
中学の頃に付き合い始めたヒトミと結婚し、子供はもう小学生になるという。
昔の仲間から伝え聞いていた断片が、頭の中で一本のフィルムになって流れていく。
月日は、それだけ経った。
それでも、あの時の約束を破ることはできない。
憧れていた笑顔を、やっと手に入れた幸せを、この手に抱えていたかった。

□ 95_陶然-酔- □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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