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陶然-酔-(1/8)

「好きになったりして・・・本当にゴメン」
俯き、悲しそうな目をする彼女に対する、精一杯の強がりだった。
そんな強がりも、耳に届いた男の名前で砕け散る。
「テルのことが、嫌いな訳じゃないよ・・・でも、ずっと私、ナオが、好きだった」
何が違う、俺は、あいつと。
子供の頃に深く心に刻まれた言いようのない憤りが、今でも不意に蘇ることがある。


「守くん、菅って苗字に聞き覚えあるか?」
夕方、現場から戻った俺に、上司である柿沼課長が声を掛けてくる。
「スガ?」
「今度中途で入ってくる人なんだけど、君と同じ歳で、地元の中学出ててね」
そう言って、彼は一枚の履歴書をこちらに差し出した。
手に取った紙に貼られていた小さな写真で、遠い昔の記憶がぼんやりと蘇る。
「確か・・・弟の友達だったかと」
「そうか、じゃあ少しはやりやすいかな。試用期間中、彼の面倒を見て貰いたいと思って」
「いつから勤務なんですか?」
「来週から。まぁ、彼も前職で工事監理やってたから、すぐに慣れるだろうけどね」

中学生の頃、双子の弟である直政とは、同じクラスになったことが無かった。
互いのクラスで互いに友達を作ってしまったからか、あいつの友達とはそれほど縁がない。
たまに自宅に集まっていても、俺にはあまり馴染めず、さっさと自室に篭ることが多かった。
その中でも、菅という男はガタイが良く目立つ存在で、何とか名前と顔の一致する存在だ。
書類の中の彼は、それ相応に年を取り、随分華奢になった印象だったが
懐かしさを感じさせてくれるには、十分だった。


地元の中学から、隣の市の工業高校、そして地元のゼネコンに就職。
実家は出ているけれど、いわゆる外の世界には出たことが無い。
「菅英聡と申します。至らない点も多くあると思いますが、ご指導のほど、何卒宜しくお願いします」
9月の初めの朝ミーティング。
社員の前で挨拶をする男は、俺と違って東京の大学へ行き、中堅ゼネコンに就職した。
家庭の事情で実家へ戻ってきたと言うが、何処か洗練された雰囲気を感じるのは気のせいじゃないと思う。

「ご無沙汰してます。いろいろとお世話になります」
上司から指導役として紹介された俺に、彼は敬語を返してくる。
俺が彼をあまり覚えていない様に、彼だって俺のことをそれほど良くは覚えていないだろう。
だからなのか、俺たちの間には若干のぎこちなさが漂う。
「こちらこそ、宜しく。別に、敬語じゃなくても良いけど・・・」
丁度空いていた隣の席に腰を下ろし、彼は自らが持ってきた幾つかの資料を机の上に置く。
「いや・・・じゃあ、会社の外では、そうします」
就職難の時期に会社へ入った俺には、同期と呼べる社員が周りにいない。
それだけに、彼の存在が嬉しく思えた。

会社のやり方に慣れる為、この先2ヶ月は俺が受け持つ現場に同行する。
ただ、菅自身も即戦力として転職してきただけあって、飲み込みは早い。
一通りの流れを説明している中でも的確な質問が返ってきて、新人教育とは違う手ごたえがあった。
「前は、どんな建物、主にやってた?」
「僕がいた部署は、テナントビルとか商業施設がメインでした」
「なるほど。ウチはまぁ、こういう土地柄だし、割と何でもやる感じなんで」
実際、近隣の街の中でも大手の部類に入る会社は、公共施設から集合住宅までを幅広く手掛ける。
建物の規模は年々大きくなっていて、特に先日受注した隣県の大規模商業施設工事は
施主直の分離発注工事であり、社運を賭けた一大プロジェクトとして位置づけられている。
「身軽な中堅どころが少なかったから。期待してるよ」
「頑張ります」

夕方になって、終業時間を超えようとする頃。
菅は、俺が手掛けている物件の施工図修正を進めていた。
「どんな感じ?」
「ええ・・・何とか半分くらいは」
恐らく、大きな会社では各部署同士がきっちり区分けされているのだろうが
施工・工事監理が主であるウチの会社では、特に設計部隊の人手不足が慢性的なことから
施工図の修正も自らが行う場合もある。
幸運だったのは、菅がいた会社とウチの会社で使っている施工図作成ソフトが同じだったこと。
「急ぎの作業じゃないから、今日は早めに上がって、飯でもどう?折角だし」
「構いませんよ。でしたら、切りが良いところまで進めても良いですか?」
彼の視線が俺から外れ、その手が再びマウスを操り始める。
そうこうしている内に、俺のパソコンにも設備業者からの施工図が送られてくる。
いつもと変わらない慌ただしい夜の入口も、隣に誰かがいるだけで、少し、気が楽になるような気がした。


駐車場に置かれている見慣れないハイブリッドの車。
「あれ、菅の?」
「うん、こっちだと車いるだろうと思って」
俺の問に対して、約束通り、彼はタメ口で答えてきた。
「良いなぁ。俺なんて未だに軽だよ」
会社は最寄りの駅から徒歩10分程度の場所にあるが
電車の本数も少なく、バイパスに近いことから、社員の殆どは車で通勤している。
就職祝いにと父から買い与えられた軽自動車に乗り続けて8年。
流石に、そろそろ新しい物が欲しいと思うようになってきた。

「菅ん家って、どの辺だっけ?」
とりあえず目的地を二人の家の中間地点くらいで探そうと、彼にそう尋ねる。
「オレ、今、桜木山に家借りてるんだ。実家には姉貴夫婦が住んでるから」
桜木山というのは、俺たちの地元から車で20分程度行ったところにある隣町。
「え、そうなの?」
「だから・・・守アニの家の近くで良いよ」
守兄弟の兄で守アニ、というあだ名を、弟の仲間たちはよく使っていた。
数年ぶりに聞く呼び名でも、ちゃんと自分のことであると認識できるらしい。
「実は俺も、桜木山に住んでるんだよね」
「ホントに?どの辺?」
「バイパス沿いの、モールからちょっと山の方に入った辺り」
「すごい近い。ウチ、その先のガソスタの裏」

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お久しぶりです。新作読めてうれしいです。マイペースで頑張ってくださいね。

毎度のことですが。

いつもコメント頂きまして、ありがとうございます。
毎度大変お待たせしてしまい、申し訳ございません。
しばしの間、お付き合い頂ければ幸いです。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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