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陶然-醒-★(9/17)

会社を出る頃、辺りは既に暗くなり始めていた。
西に伸びる山並みの影が、夕焼けの色で映えている。
社屋にはまだ多くの灯りが付いており、駐車場にも多くの車が停まっていた。
「あれ、菅の?」
隣に立つ男が、見慣れないであろう車を見やりながら口にする。
「うん、こっちだと車いるだろうと思って」
転職を決意した際、貯金を崩して購入した中古のハイブリッド車。
免許を取って以来、殆どハンドルを握ることが無かったこともあり、運転時には未だに腕が緊張する。
「良いなぁ。オレなんて、未だに軽だよ」
視線の向こうに入ってきた軽ワゴンは、確かに年季が入っていて
それでも、何となく彼らしさを感じさせられて、少しホッとする。
「そうだ。菅ん家って、どの辺だっけ?」
未だ建物の傍に立ち止まる彼が、そう尋ねてきた。
その言葉に、一瞬、答えを窮する。

二度と顔を見せるな。
地元の会社に転職するということを伝える電話口で、父は母の後ろでそう叫んでいた。
旧帝大レベルの学校に合格できなかった、一流の会社に就職できなかった。
何をするにしても蔑みの言葉しか投げつけてこなかった彼には、都落ちなど許せなかったのだろう。
元から実家に帰ることは選択肢に無かったが
少しでも距離を置きたいと、今は、隣の街に家を借りて暮らし始めている。
過去を清算するには、まだまだ、時間がかかるのだろう。
しかし、家庭の事情で転職したと公言している手前、何かしらの言い訳が必要だった。

「俺、今、桜木山に家借りてるんだ。・・・実家には、姉貴夫婦が住んでるから」
「え、そうなの?」
「だから・・・」
名前を呼ぶ段になって、こうやって直接語りかけるのは初めてであることに気が付く。
苗字か、名前か、そんなつまらない戸惑いを見透かされない様
学生の頃、仲間内だけで使っていた呼び名を選んだ。
「守アニの、家の近くで良いよ」

ふと視線を落とした彼は、すぐに俺の方へ向き直る。
「実はオレも、桜木山に住んでるんだよね」
「ホントに?どの辺?」
「バイパス沿いの、モールからちょっと山の方に入った辺り」
彼が言うモール、は恐らく家の近所にあるショッピングモールのこと。
引越しで入用なものは、全部そこで手に入れたばかりだ。
決して狭い町ではないものの、その言葉だけで何となくの位置まで把握できる。
「すごい近い。ウチ、その先のガソスタの裏」


自宅に戻り、車と荷物だけを置いて、待ち合わせ場所の居酒屋へ向かう。
断酒し始めの頃は、こういった場所に入るのも自制心が揺さぶられて恐怖に感じていたが
最近やっと、酒宴に付き合っても耐えられるようになってきた。
何より、彼の前で情けない姿を見せることはしたくない。
店の前に立つ彼を見やりながら、大きく深呼吸をした。

「酒飲めないんだ。へぇ・・・ちょっと意外」
当たり前のようにビールを2杯と注文しようとした男を制した俺に、彼は驚きの表情を見せる。
程なく運ばれてきた二つのグラスを軽く触れ合せ、互いに中身を呷った。
良い飲みっぷりを見せつけてくる姿を横目に、煙草に火を点ける。

「ナオには連絡したの?こっちに戻ってきたって」
ジョッキの2/3以上を喉に通し、彼はそう尋ねてくる。
彼の弟である直政とは中学・高校と同じ学校で、よくつるんでいた仲間だったこともあり
旧友の兄の質問は、至極当たり前だった。
「実は、最近あんまり連絡取って無かったから・・・連絡先も分からなくて」
「今から呼ぶ?30分くらいで来れると思うけど」
「いや、またの機会でいいよ。ここで盛り上がると、明日きつそうだし」
取ってつけたような誤魔化しの答に、輝政は笑って同意し、弟の連絡先を教えてくれる。
手元の端末に収まった電話番号とメールアドレスを目で追いながら
未だ燻る淡い想いと、若気の至りで自ら断ってしまった縁を思い起こしていた。


たまたま席が近かったという理由から仲良くなった直政に双子の兄がいると知ったのは
弟の忘れ物を俺たちの教室へ届けに来た姿を見た時だった。
容姿は確かに良く似ていたが、雰囲気は全く違うという印象が、強く心に残っている。
そんな彼はずかずかと友の机に近寄り、2、3冊の教科書を机の上に放り出した。
「おう、ご苦労」
「教科書忘れるなんて、馬鹿じゃねぇの?」
「そんなのお前が良く分かってんだろ」
「午後、その授業あっから。それまでに返せよ」
短いやり取りを終えた彼は、妙に冷めた目でこちらを一瞥し踵を返す。
「入れ替わっても絶対分かんねぇよな」
「授業サボってもバレないじゃん」
「・・・そんな奴と一緒にすんな」
仲間が口にした言葉に強張った声を残し出ていく兄を見て、弟はつまらなさそうな溜め息を一つ吐いた。

決して仲の良い兄弟では無いということは、ナオとの仲が深まるにつれ分かってきた。
友の家に遊びに行く機会があっても、兄が顔を出すことは殆ど無く
むしろ、弟の方が兄に気を遣っている場面を見ることの方が多かった。
気の強い友が兄と遣り合った後、僅かに表情を曇らせる姿を見て
周囲には分からない事情があるのだろうと、思っていた。

学校で偶然出くわす彼の姿を目で追うようになっていたのは、いつのことだろう。
直政と対峙する時とは全く違う無防備な顔が、羨ましかった。
けれど、クラスも部活も違う状況で、友達の兄以上の接点は望めない。
高校進学を前にして、当然同じ高校に行くものだと思っていた輝政が違う学校へ進学することを知った時
取り返しがつかない程に大きくなった想いと、自分の正体に気が付いた。

高校に上がり、彼を見かける機会はごく僅かになった。
たまに直政の家に集まっても、兄はこちらを一瞥することも無くなり、弟も気にかけることは無い。
並ばなければ双子だとは分からない程に容姿もかけ離れ
友に、彼の姿を重ね合せることも難しくなっていた。
それでも想いは燻り続け、叶わぬ恋を、ほんの少しの面影だけで慰める日が続いた。

□ 95_陶然-酔- □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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