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陶然-酔-(8/8)

ドアを叩く音と、けたたましい程のチャイムの音で目が覚める。
真っ暗な部屋の中を手探りで這いずり、玄関まで辿り着く。
扉を開けると、背の高い男が俺を見下ろしていた。
「電気点いてないし、何回チャイム押しても出ないし・・・何かあったのかと思ったよ」
「わりぃ・・・寝ちまったみたい」
「どんだけ飲んだんだ」
「わかんね」
廊下に座り込む俺の身体が菅の腕に抱えられる。
何とか立ち上がろうとしたものの、足に力が入らない。
ふらついた拍子に上半身が傾き、そのまま彼もろとも床に倒れ込んだ。
「こんなになるまで、飲むなよ」
不安げな表情が、すぐ間近に迫る。
その頬を手で包み、口づけた。
「素面じゃ、やってらんなかった」
「・・・オレの、せいか?」
「そうだよ。お前がいないから、酒に酔うしか、無かった」

頭が重い。
ゴン、と低い衝撃音を感じながら、天を仰ぐ。
相変わらず暗い顔をした菅は、静かに俺の額を撫でている。
「月曜日、ナオに会って・・・その時」
「あいつのことは、もう、気にすんな。話、つけたから」
僅かに空いた襟元から手を差し入れ、首筋に指を添わせた。
秋風に曝されたであろう肌のひんやりとした感触が、火照った身体を冷ましてくれる。
「すげー、酔ってる」
「ああ、そうだな」
「すげー、酔ってる、俺・・・お前に」
未だ頑なだった男の眼が、暗がりで揺らぐ。
「ずっと、酔わせててくれよ」

霞んだ視界の中にある彼の顔が徐々に大きくなり、柔らかな刺激が唇を包む。
何度も触れ合せながら、吐息を絡ませた。
「素面に戻れなくなったら、どうする?」
「いいじゃん。一緒に、酔いどれてようぜ」
きつく抱き締められる息苦しさが堪らなく気持ち良い。
「今日は、主導権、お前にやる・・・好きにしてくれて、良いから」


ベッドまで引き摺られ、仰向けに寝かされる。
俺の身体の上に跨った菅の手が、ゆっくりと頬を撫でる。
闇に慣れてきた目に入ってきたのは、少し寂しげな表情だった。
「オレさ・・・ダメかも知れない」

彼が男と身体の関係を持ったのは、一度きりのことだった。
ただ、その行為は彼の心に禁忌として植え付けられたようで
以来、絶頂が近くなると恐怖で身体が竦み、すぐに萎えてしまうのだという。
「だから・・・」
緊張で強張る身体を解すように滑らせる指の気配が、そこに近づいてくる。
俺だけが一人快感に溺れても、意味がない。
腕を交差させるように、彼の身体に手を伸ばした。
「俺とでも、ダメか?」
「・・・分からない」
僅かに離れた腰に手を回して自分の方へ引き寄せる。
長い年月の中で、俺の知らないわだかまりも、たくさん抱えているのだろう。
何か一つでも、荷を下ろしてやることはできないだろうか。
「じゃあ、俺が、忘れさせてやる」

本能を撫で合う時間は、思いの外、長く続いた。
まともな道を選んでいたら決して見ることの無かった姿は、多分、一生忘れない。
苦しめられてきた夢から一度醒めた男は、俺とのキスで再び夢を見始める。
いつまでも、この時間に酔いしれていたいと思いながら、二人で、朝を迎えた。


常駐を始めてもうすぐ一ヶ月。
スタートダッシュも一段落し、現場の作業も滞りなく運ぶことができるようになってきた。
「折角だから泊まってくれば良かったじゃん」
「そうなんだけど・・・残作業もあったから」
金曜日の晩飯後、事務所の外にある喫煙所の傍で耳にする菅の声は
以前に比べると、迷いが無くなったように感じられる。
「で、懇親会はどうだった?」
「すごい豪勢だったよ。有名人とかも来てて」
「マジで?いいなぁ・・・こっちなんか山の中で、しかもオッサンばっか」
ここの現場が始まるのと同時期、会社では別のプロジェクトが立ち上がっていた。
東京の大手デベロッパーと組んだリゾート開発。
菅が以前の会社で付き合いのあった企業らしく、話も彼経由で運ばれてきたそうだ。
そのメンバーに抜擢された社員は、今日、東京で開かれた懇親会に出席していた。

「明日、朝戻ってくるんだろ?」
「ああ、そのつもり・・・だから、今日帰ってきたのか?」
「ん?まぁ、それもあるかな」
互いに多忙な毎日になり、だからこそ、週末の大切さが身に沁みる。
電話で、文字でやり取りしていても、五感が満たされないと物足りない。
「まだ仕事か?」
「議事録やら報告書やらが貯まってるから、それ終わらせねーと」
「オレも会議用の企画書眺めてた」
「あんま、無理すんなよ」
「テルもな。・・・明日、楽しみにしてる」

電話が終わり、ふと顔を上げると、喫煙所で煙草をくゆらせる馴染みの職人がこちらを見ていた。
「女だろ?守ちゃん」
「何だ、もう事務所のお姉ちゃん捕まえたのか。手ぇ早いなぁ」
「違いますよ。手なんか出してませんって」
まだ造成中のこの辺りは、携帯の電波が届きにくく
事務所の中か、屋外なら今いる辺りでしか明瞭な会話が難しい。
なるべく人の居ない時を狙っていたが、よりによって面倒くさい相手に絡まれた。
「じゃあさ、彼女の友達と合コンとかどうよ」
「ああ、いいねぇ」
「いや、勝手に話進められても・・・それにお二人とも結婚してるじゃないですか・・・」
とりあえず、地元で一緒だった同級生の恋人、という言い回しで納得はして貰ったが
来週には現業チームの間に触れ回られていることだろう。
間違ってはいないし、幸い自宅の近所に住んでいる人間もいないから、それほど不安は無い。
むしろ、そういう立ち位置が、何となく嬉しく思えた。


土曜日は、朝に一度顔を合わせ、昼間は洗濯やら掃除をして、夕方過ぎにモールで早めの夕食を取る。
「そういえば、ナオが、今度実家に顔出す時はテルも連れてこいって言ってたよ」
「はあ?俺は良いよ。あんま話も弾まないし」
「オレが一人で行くと、お前が拗ねるからって」
ウーロン茶を飲みながら、菅は俺の顔を窺う。
「別に、俺は・・・」
確かに、当たっているかも知れない。
彼と片時も離れたくない、そんな泥酔状態の俺にとっては。
「一緒に行っても怪しまれないだろうし、オレ口実にして、たまには顔出したら」
「・・・考えとく」
余計なことを、と疎ましく思いつつ、せめてもの弟の気遣いに感謝した。

夜を過ごすのは、どちらかの家。
広さも間取りもほぼ同じだから、比較的片付いている菅の家に転がり込む方が多い。
肌を寄せ合い、微睡んで、朝を迎える毎に、慌ただしかった一週間がリセットされる。
「もうそろそろ、寒ぃな」
「こっちの冬は早いね」
下着姿でベッドに腰を掛け、煙草を咥える彼は、窓の外の朝日を眺めていた。
迷い道から抜け出して辿り着いた道は決して平坦ではないけれど、二人なら、もう迷わない。
「・・・英聡」
「何?」
「好きになってくれて・・・本当に、ありがとう」
俺の言葉でこちらへ視線を向けた男が目を細める。
引き寄せられるように、唇を触れ合わせた。
月曜日の朝は、また二日酔いだ。
抱き締めた身体の感触を味わいながら、そんなことを考えていた。

□ 95_陶然-酔- □
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□ 96_陶然-醒-★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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