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能動★(7/11)

薄暗く霞んだ視界の中に、存在を感じる。
姿は見えず、性別も、年齢も分からない。
ただ、ヒトであるということだけを認識できる存在が、俺に背を向けて遠ざかっていく。
『どうして?』
ぼやけた声が、二人だけの世界に響いた。
『どうして』
届いているであろう言葉を無視し、存在は徐々に俺との距離を広げる。
『どうして、俺を、裏切った?!』
さっきとは違う、驚くほどに鮮明な声が空間を包む。
何者かは、その段になって、やっと歩みを止めた。
『・・・好きだったのに』
絞り出した告白で、奴はゆっくりとこちらを振り返る。
その瞬間、俺は現実に引き戻された。


男が再び病室に現れたのは、夏の太陽が傾き始めた時間だった。
「ごめん、遅くなって。ちょっと、現場が押しちゃって」
「いえ、こちらこそ、わざわざすみません」
相変わらず覇気の無い顔で、彼は俺から書類を受け取り、鞄に仕舞い込む。
「あの付箋の字、鈴木さんの字ですか?」
「え?・・・ああ、多分、そう」
「綺麗な字、書かれるんですね」
「見た目と違うって・・・?よく言われるよ」
たわいもない雑談で、彼の顔がやっと緩んだ。

「そういえば・・・鈴木さん、僕が事故に遭う前、お電話頂いてますよね」
場の雰囲気に乗じて、疑問に思っていたことを口に出す。
すると、男は再び表情を強張らせ、目を伏せた。
「電話、取らなかったみたいで。何か用事があったんじゃないかと」
「いや・・・それは、仕事の件で確認したいことがあって・・・もう大丈夫だから」
「そうですか。もしかしたら、その時のことを、何かご存じなんじゃないかと思って」
心なしか震えているように見える大きな身体が、溜め息と共に上下に揺れる。
「・・・本当に、何も覚えてないんだな」
耳に届いた声は、彼の心痛を表すのに十分なほど切なさに満ちていて
俺と彼の間にあった関係は、先輩と後輩以上に近しいものだったのかも知れないと思わせた。

「でも、昨日、夢を見たんです」
「・・・夢?」
「好きな人に裏切られて、絶望する夢。当時の僕に、何か、そんなことがあったのかな、と」
窺うようにこちらへ向けられた視線は、心なしか怯えているように見える。
「好きな、人?・・・彼女、とか?」
「そういう人がいたのかも、覚えてないんです。でも、それなら見舞いにでも来てくれるでしょうし・・・」
「そう、か」
「僕の片想いだったのかも知れません。けど・・・もし、何か事情があったのなら、それが知りたくて」
後輩の独白に、彼は動揺を隠さないままで背を向ける。
確実に何かを知っている、それは確かだった。
「ゴメン、仕事残ってるから、戻らないと」
「鈴木さん、何か知って・・・」
「深山」
問い質そうと気を急く俺を制するよう、彼は振り返りもせずにワントーン低い声を吐いた。
「そんな奴のことは、忘れろ。思い出したところで、傷つくだけだ」


退院して、まず一番に会いたいと思っていた、記憶に残る人物だった。
頭の中の姿からは、随分と老け込んだような気がする。
古ぼけた雰囲気が変わらないままの喫茶店で目の前にした男に、そんな印象を抱いた。
「僕の中の君は、何も変わっていないけどね」
そう言って微笑む表情は、確かに何も変わっていない。
「本当に良かった。君と、また会えて」
人生に空いた大きな穴を気遣う様、彼は俺の手を握り、真っ直ぐ見つめてくれる。
俺とのこと、世の中のこと。
ゆっくりと一つずつ、彼の言葉が過去を紡ぎ、俺の心を覆っていった。

身体のことを心配してだろう、その夜、本能を曝し合うことはしなかった。
別れるには早い時間だけど、と名残を惜しみながら席を立った時、彼の上着から一枚の写真が落ちる。
「銀、これ・・・」
拾い上げた写真に写っていたのは、一組の男女。
一人は見知らぬ女、もう一人は、何か秘密をひた隠しにしているであろう、会社の先輩だった。
何故、銀が彼の写真を持っているのか。
「あ、ああ・・・ありがとう」
疑問を呈する間もなく、男は慌てた様子で俺の手からそれを抜き取った。
彼もまた、何かを隠している。
もしかしたら、あの影は、この男なのか。
俺は、何を信じたら良い?
疑心暗鬼が心に影を落とした瞬間、激しい眩暈が身体の平衡感覚を失わせる。

「どうした、ゴウ?」
頭の中が瞬き、暗転し、目まぐるしく様々な風景が駆けていく。
意識は確かにある、けれど、膨大な記憶の洪水に流されないよう、立っているのが精一杯だった。
「一回、座ろう」
彼に言われるがまま、再び腰を下し、頭を抱える。
思い出したところで、傷つくだけだ。
俺に背を向けた男の言葉が、耳の奥に響く。
「・・・俺、知ってる。そいつが、俺を嵌めた」
「思い、出したのか?」
「あの時、クスリ嗅がされて、意識がはっきりしなくて・・・そのまま、電車に」

早送りされる時間に混乱する俺の肩を、彼が自らの方へ引き寄せる。
しゃがみ込んだ男の胸元に頭を預けると、訳も分からないまま涙が溢れた。
何も知らずに赴いたマンション。
男の裏切り。
女たちから受けた屈辱。
忌まわしい、思い出したくなかった出来事が、残酷なほど鮮明に、目の前に迫ってくる。

□ 90_能動★ □
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■ 8 ■   ■ 9 ■   ■ 10 ■   ■ 11 ■
□ 92_受動★ □
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■ 8 ■   ■ 9 ■   ■ 10 ■   ■ 11 ■
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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