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受動★(3/11)

「申し訳ございません、当部署には鈴木が3人おりまして・・・」
朝一番の電話を取った女の子の声が、耳に届いてくる。
明朝電話をする、と書かれたメールが届いていたから、多分、俺宛のはずだ。
「創さーん、外線2番に上村工業さんからお電話でーす」

関東甲信越を営業エリアに持つ中堅のサブコンに入社して、もう10年以上が経つ。
新人時代から地元の横浜支店に勤務していたが、2年前の震災以降、本社勤務となった。
やる仕事は大して変わらず、使う業者も馴染みの所ばかりで然程の新鮮さもなく
若干の手当てが付くくらいで、正直メリットはあまり感じなかったけれど
昔から世話になってきた上司の誘いということもあり、承諾した。
ただ、同時期に異動してきた社員が1/4程を占めることにより組織が再編成され
少人数で仕事を回していた支店の時よりも、人間関係の煩わしさは軽減された気がする。

今日は午後から逗子の現場で打合せがある。
電車の時間は10時22分。
駅までは5分足らずだが、駅前の喫煙所で一服する時間が欲しい。
となれば、後10分で社を出なければならないのに、探している書類が見つからない。
幾分焦りを感じていた視界の端に、男の影が映る。
とりあえず、顔を上げずに声を掛けた。
「深山さ、今日、五反田の現場行く?」
「ええ・・・夕方、検査の打合せに」
「品川の現場に持っていかなきゃなんないもんがあるんだけど、オレ、これから逗子なんだよ」
「場所は、再生センターの方でしたっけ?」
後輩の声を聞き流しながら紙の山を掻き分けた先に、やっと目当ての書類を見つけた。
「そそ、置いてくるだけでいいからさ」
顔を上げると、こちらを窺う後輩を目が合った。
手元にあった適当なクリアファイルに書類を入れ、彼の方へ差し出す。
少し困ったような顔をした彼は、それでも意を介したことを示す軽い溜め息を吐いた。

横浜時代の後輩曰く、可もなく不可もない人間。
営業にいた頃は、突出した成績を残していた訳でもないが
大きな失敗をすることも無く、着実な位置を維持していたらしい。
工事監理に異動させられたのは、無難な成果で満足して欲しくないという上の意向もあったそうで
実際、この2年で仕事に対する貪欲さが出てきているような気もする。
『創さんとは絶対的に合わないんじゃないですかね』
支店での送別会の席で若い輩はそう笑ったが、今のところは上手く行っていると思う。

デカい荷物を手にした俺に、ベテランの先輩が声を掛けてくる。
「何だ、大荷物だな。逗子まで旅行か?」
「だと良いんですけどね。残念ながら、仕事っすよ」
「どーせ早上がりして、福富町にでも行くんだろ」
よっぽど女に飢えていると思われているのか、年配の男たちは事ある毎にそんな揶揄を口にする。
「ま、チャンスがあれば」
横浜屈指の風俗街とはいえ、大学生の頃に友人の誘いで1回行っただけの縁遠い街。
聞き流すのにも、そろそろ飽きてきたけれど
これで彼らがつまらない悪戯心を満たすことが出来るなら、安いものなのだろう。

「じゃ、頼むわ」
俺が傍を通るタイミングで顔を上げた後輩の肩を一つ叩く。
「気を付けて。・・・あまり遊び過ぎないようにして下さいね」
2年前には無かった軽口と嫌味の無い笑顔が、心の靄を少しだけ取り払っていった。
「お前が明日の消防検査、代わりに行ってくれるんなら、思いっきり楽しんでくるんだけどな」
だらしのない先輩だと分かっていても、彼は立場を弁えた態度を向けてくれる。
せめて、それに応えられるだけの人間になりたい。
それだけが、俺がここに来て成長した部分なのかも知れない。


「ちょ・・・っと、落ち着いて下さいよ」
土曜日の早朝、しつこいコールの末に出た電話の向こうで職長が怒髪天の勢いで叫ぶ。
「今日来るはずの奴らが、丸々こねーんだよ!材料来てんのに、どーすんだよ!」
「すぐ、確認しますから・・・」
担当している現場の一つで起こった作業員の蒸発。
困ったことに珍しくは無い出来事だったが、今回は手配した6人全員が現場に現れず
会社の社長すら捕まらないという厄介な状況になっていた。

「飛んだかなぁ」
「飛んだのかもな」
顔馴染みの現場監督と現場の隅の喫煙所で打開策を案じるも
伝手はほぼ使い果たし、耳に入ってくる音の割れたラジオ体操の曲が、とにかく癪に障った。
「創君、他にどっか無いの?」
「頼りになりそうな親方は電話に出ねーし・・・どーすっかな」

初めから、それほど期待はしていなかった。
「一応、当たってみますけど・・・分かり次第、折り返します」
気休めにかけた電話の向こうで、休出していた後輩はそんな真摯な態度を見せる。
「悪いな。面倒なこと頼んで」
困惑を隠さない声が途切れた時に、後悔が過った。
軽い気持ちで託したものの、彼はきっと、俺の期待に応えられないことを気に病むだろう。
色々なことが上手く回らない。
苛つく気分で煙草に火を点けた時、携帯に着信が入る。
「どうだった?」
「作業員逃げたって?二人で良いのか?」
「あ・・・え?」
先入観の所為で、瞬間、聞き慣れたはずの声が認識できなかった。
「今、ちょうどお宅の会社に請求書持って来たとこなんだよ。深山君が血相変えて走ってくるからさ」
「小里さん・・・?いや、あの、何人出せます?」

ベテランの親方が回してくれた職人のお陰で、現場の混乱は午後には収まった。
出来過ぎた偶然と、朝から出社していてくれた後輩への感謝の想いが募る。
この借りをどうやって返そうか。
知らず知らずの内にそんなことを考えている自分がいて
あいつの喜ぶ顔を見たいという思いを巡らせる時間が、素直に楽しく思えた。

□ 90_能動★ □
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□ 92_受動★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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