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能動★(6/11)

目を覚ますと同時にやってきたのは、腰・肩の痛みと、痺れた足の感覚だった。
見慣れない天井に、いつもとは違う感触のベッド。
何故、俺はこんな場所にいるのか。
記憶を手繰り寄せても、理由は全く浮かんでこない。
顔を右へ傾けると、椅子に座り本を読んでいる母の姿が目に入った。

「か、あさん・・・母さん?」
上手く出ない声に自分でも驚きながら、呼びかける。
「・・・豪?気が付いたのね?!」
固まっていた表情が、一瞬の内に泣き顔へ変わった。
何か重大なことになっていたようだ、母の嗚咽を聞きながら、俺の中ではまるで他人事だった。

2週間前の夜。
俺は行った覚えの無い駅で、電車に飛び込もうとしていたらしい。
間一髪周りの客に助けられたが、右肩と頭を強打し、ずっと意識不明のままだったという。
「辛いことがあるなら、一言言ってくれれば・・・」
切なげに呟いた自らの言葉で、母はまた鼻を啜り始める。
それでも、当の本人には何の心当たりもない。
自分の身に起きた変化といえば、大きな震災があったことと、異動が決まったということくらいだ。

息子の独り言に、彼女は矢庭に訝しげな表情を見せた。
「何言ってるの・・・?震災があったのは、もう、2年も前よ?」
「・・・え?」
「それに、異動したのも、そのすぐ後だったでしょ?」
つまらない嘘をつく人ではないことは、良く知っている。
噛み合わない会話の原因が自分にあるらしいことに気が付き、血の気が引いていく。
「母さん、今・・・平成、何年?」


何人もの医者が自分の元にやってきては、同じことを何回も聞いては帰る。
俺はその度に、同じことを何回も答える。
頭を強打していたことから、CTスキャン、MRI、あらゆる診察を矢継ぎ早に受けるが、原因は分からない。
異動する直前から、恐らく、異動先で仕事をこなしてきていたであろう2年分の記憶が
俺の中から、一切、消え去っていた。

夜になり、母は沈痛な面持ちのまま病院の近くのホテルに戻っていった。
側机の中に入っていたスマートフォンは、見覚えは無いけれど、自分の物なのだろう。
事故に逢った時に外装とバッテリーが壊れたもののデータは残っているそうだ。
ロックがかかっていたが、どうせ暗証番号はいつも同じ番号。
ラウンジの片隅で充電をしながら電話やメールの履歴を確認する。

メールの受信ボックスには見知った名前が並び、最新のメールは銀からのものだった。
俺が立ち止まってしまった2年前から、彼と付き合いが続いているということに嬉しさが込み上げる。
『最近連絡がないけど、忙しいのかい?落ち着いたら、また、君の顔が見たい』
短い文章から感じられる優しさに、けれど、溜め息が漏れた。
失った時間の中で、どれだけ彼を感じていたのだろう、と。

通話履歴には知らない名前も半分ほど混ざり込んでいる。
業者らしき名前があるところを見ると、仕事用としても使っていたらしい。
最後の着信履歴は、事故にあったという日の夜、知らない名前の男からだった。
しかし、俺はその電話には出なかったようで、留守電も残されていない。
履歴に複数回登場する彼は、どんな関係があった人物なのか。
思い出そうとしても、何も出てこない。
仕方ないと割り切るしかないのに、どうしてか、俺は一晩中、その風貌を思い出そうと躍起になっていた。


意識を取り戻してから一週間が経った頃、病室にスーツ姿の男が二人やってきた。
一人は年配で眼鏡をかけた男、もう一人は、背の高い、若干軽薄そうな印象の男だった。
俺が記憶を失っていることは、知っているのだろう。
彼らが渡してくれた名刺には、俺が所属しているはずの工事監理部の名称が並んでおり
若い方の男は、最後の履歴に残っていた、あの人物だった。

「退院の目途が付いたら、工事監理部へ復帰して欲しいんだ」
神妙な顔つきの渡邉課長は、腕を組んだままで俺を見る。
「もちろん、深山君次第だけれども・・・今は、人手が不足していてね」
営業から移ることになった、俺にとってはつい最近にも、そんな理由を聞いた気がする。
とはいえ、監理部の仕事は全くの未経験状態になってしまった自分に、何が出来るのか。
素直に不安を口にした部下に対して、上司は表情を和らげる。
「今までだって十二分にやってくれていたんだから、大丈夫。なぁ、創」
ハジメと呼ばれた男は、急に振られた言葉に咄嗟に反応することは出来ず、ただ狼狽えていた。
「えっ・・・ええ、そうですね」
チャラい見た目の割に、口はそれほど達者ではないのだろうか。
しかも、頻繁に電話をくれるほど親しかったはずなのに、彼は一度も俺の顔を見ようとしない。

「ああ、そうだ。これを・・・書いて欲しいんだ」
男の態度に対して些か疑問を感じ始めた俺に、課長は書類を差し出してくる。
休職願いと、業務研修に関する届出。
「お前、明日、ここに寄れるか?」
「大丈夫です。夕方前くらいなら」
「じゃあ、深山君、悪いんだけど、明日までにお願いできるかな」
「分かりました」

結局、彼は終始俯き加減のまま病室を後にした。
そんな男の姿が、心に大きなわだかまりを残す。
心配する素振りも無く、かといって無関心を装う訳でもない。
最後の電話の用件は、何だったのだろう。
俺が事故に合うきっかけになったことを、彼は何か知っているのかも知れない。
昨晩巡らせた想像とは全く違う人物像だった男に対して、俺は、執着にも近い興味を抱き始めていた。

□ 90_能動★ □
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■ 8 ■   ■ 9 ■   ■ 10 ■   ■ 11 ■
□ 92_受動★ □
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■ 8 ■   ■ 9 ■   ■ 10 ■   ■ 11 ■
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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