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能動★(4/11)

梅雨の晴れ間になった夜、外は熱帯夜さながらの湿気と熱に満たされていた。
先輩に連れて行かれたのは、会社から電車で15分ほど行ったところにある街。
俺の家には近くなるが、横浜の外れに住んでいるという彼の家からは、若干遠くなる場所だ。
土曜日の夜ということもあり、歓楽街はそれなりの賑わいを見せていて
外で酒を飲む習慣の無い自分にとっては、非日常の空間に足を踏み入れた感がある。

「ここ、よく来るんですか?」
空調の設定が狂っているのではないかと思う程肌寒いスペインバルの店内で
モヒートを一口含み、煙草を咥える彼に聞いてみた。
「ああ、この先に風俗街に親方のお気に入りがあってさ。腹ごなしに寄って以来、よく来てるんだ」
昔気質という言葉は上品過ぎると思うくらい、ある年齢以上の男たちは、とかく酒と女に目が無い。
時代は変わり、俺らのちょっと上くらいの世代から、そういう習慣は無くなってきつつあるが
彼は元々嫌いな方では無いらしく、それが親方連中に好かれている理由なのだろうとも思っていた。

「ちょっと寄ってく?」
「いや、俺は、止めときます」
付き合いが悪い、先輩方にそう揶揄されていることは知っているが、行ったところで何が出来る訳でもない。
その点、創さんは社交辞令的に声を掛けてくれても、無理強いはしてこない。
「シロートで手一杯って?羨ましいね」
「そういう訳でも、ないですけど。創さんだって、シロートさん、何人もいるんでしょ?」
「人聞きの悪いこと言うなって。もう、ずっとご無沙汰だよ」
「はぁ・・・そうですか」

会社の人間とは、あまり深いプライベートの付き合いはしない。
軽口を叩くことの出来る関係まで発展した彼とでも、二人で飲みに来ることは、そうなかった。
初めの内は仕事の愚痴に終始し、酒が回り始めると、社会情勢を経て身近な話題へとシフトしていく。
先輩の興味はもっぱら俺の恋愛事情にあるようで、浮いた話一つ無いことを訝しんでいるらしい。
「お前幾つだっけ?」
「今年で、28ですかね」
「良い頃合いじゃん。結婚して、子供でも出来れば、仕事のモチベーションも上がるだろうし」
「そうはいっても、なかなか。相手も、タイミングも」
真意を悟られないように当たり障りのない答に終始しつつ、彼の話へ方向転換できないかと機会を窺う。
「自分から探しに行かねぇと、さ。降ってはこねーぞ?」
「分かってますけど、何か面倒くさくて。・・・そういう創さんはどうなんですか?」
「ん~?オレは・・・あんま、考えたことねーな。一人で良いかって思ってる」
これだけの男が結婚を意識してこなかったはずはない。
けれど、ふと交わった視線の奥に、その理由は見えなかった。
「不毛だな。言葉に全然説得力ねぇわ、お互い」
表情を崩した彼は、笑いながら煙草に火を点ける。


「ハジメ?」
テーブルの脇を通りかかった和服姿の女が、彼に視線を送りながら声をかけてきた。
男は彼女を一瞥すると、途端に顔を曇らせ、気怠そうに煙を吐き出す。
「ああ・・・店は?」
「これから行くところ。お客さんと一緒なの」
そう言って、女は店の奥へ視線を投げ、微笑みながら軽く手を上げた。
「こちらは?」
「会社の、後輩」
「深山です。どうも」
事務的に名乗る俺に、彼女は眼を滑らせて相応の価値を弾き出す仕草を見せる。
明らかに水系の職業についているであろう女は、恐らく、先輩と同じくらいの歳だろう。
「ハルカです。ハジメとは同じ高校で・・・幼馴染みたいな、ね」
不自然にテンションが下がった彼の態度と、先輩の首筋から肩を撫でる女の自然な動きで
二人の関係性を推し量ることは容易だった。

女は何か彼に耳打ちをし、またね、と言って去っていく。
「彼女さんですか?」
「・・・いや」
何かわだかまりを残したような表情で煙草に火を点ける彼は、2、3回煙を吐き出した後に俺を見た。
「ただの、元カノ、だよ」

軽薄な男と、軽薄な女。
未だに身体の関係を保っているであろう二人の情事が頭を過る。
釣り合いの取れた男女が、どんな言葉を寄せ合い、どんなセックスをするのか。
女に対して羨望の想いを抱いていることに気がついた時、自分の節操の無さに嫌気がさした。


知らない番号からの着信があったのは、彼と飲みに出かけた数週間後の夜浅い時間のこと。
「ミヤマ君?ハルカです。覚えてるかしら?」
何故自分の番号を知っているのか、その疑問を口に出すより早く、女は電話口で言葉を並べた。
「ハジメがね、お酒飲み過ぎて酔い潰れちゃったの。貴方に迎えに来てくれるよう頼めって言われて」
疑念が解消しないまま、更に信憑性を確かめようのない話が重ねられる。
「この間、お会いした店の近くなんだけど・・・来て貰える?」
それでも、真偽はどうあれ、ここで腰を上げなければ彼への罪悪感が生まれることも確かだった。
「・・・分かりました。場所は、どちらですか」


歓楽街を抜けた所にある古ぼけたマンションの前に立つ。
土曜日の夜だというのに、周囲は静寂に包まれていた。
今時オートロックも無いエントランスで、女に到着の報せを入れる。
こちらへ電話してきた時とは様相の違う陽気な声と、周囲から漏れ聞こえてくる喧騒が
まともな集まりでは無いのだろうと、少し、心を強張らせた。

エレベーターで降りてきた女は、見るからに酒に酔わされている。
「ごめんねぇ。わざわざ、来て貰っちゃって」
箱に乗ったままで手招いて、俺を呼ぶ。
先輩を連れて帰るまでの辛抱だ、そう自分に言い聞かせながら、彼女の元へ赴いた。

最上階の部屋の玄関を開けると、短い廊下は何かの煙で靄がかかったようになっており
雑多なアルコールの匂いが鼻を衝いた。
右腕にしな垂れかかる女の胸が、無理矢理柔らかな感触を与えてくる。
「・・・創さんは?」
「こっちよ」
人の気配がする正面の扉では無く、その手前のドアに女は手をかける。
視線の先の空間はやたらと薄暗く、中に何があるのか瞬時には分らなかった。
その時、俺の背中を女の腕が強く押す。
思わず姿勢を崩した身体が誰かに押さえ込まれ、背後から鼻と口が布で覆われる。
吸い込んでしまった匂いに、身の危険が現実のものになったのだと、感じていた。

□ 90_能動★ □
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□ 92_受動★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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