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受動★(5/11)

真っ直ぐ向けられている気持ちに応えているつもりなのに、心が晴れない。
社会人として当然の敬意を受け止めているだけなのに、心が揺れる。
唇を重ね、身体に手を伸ばす度に、別の存在に変換された意識が身体を滾らせた。
見上げる視線を受け止める度に、認めてはいけない気持ちが引き摺り出されていくのは、分かっていた。
俺は、こいつの中に、あいつを見ている。
この酷い裏切りを、如何に悟らせないか。
男との逢瀬の場所へ向かう途中、そればかりを考えていた。


ホテルのフロントでカードキーを受け取り、エレベーターに乗る。
彼は、先に部屋で待っているということだった。
何回も同じことを繰り返しているのに、今日に限って妙に緊張するのは何故だろう。
カードを差し込み、引き抜くと、ランプが緑色に点灯する。
一つ息を吐き、ドアノブに手を掛けた。

広い部屋に僅かな家具しか置いていないせいか、やたら寒々しい印象を与える室内。
いるはずの男は、見回した視界の中にはいなかった。
ベッドの上には、脱ぎ散らかされた衣服。
不思議に思った瞬間、天井の空調機の運転音に混ざり、男の息遣いが聞こえてくる。
こちらに背を向けて置かれているソファが、俄かに軋んだ音を立てた。

蹲る様にソファに横になる全裸の男が、覗き込んだ俺を官能的な眼で見上げる。
「・・・我慢、出来なくて」
右手の中にいきり立ったモノを抱えながら、その左手を差し伸べてくる。
誘われるまま顔を寄せ、唇を求め合った。
「独りで、イくのか?」
「頭の中には、ちゃんと、ハジメがいるよ」
互いの息遣いを間近に感じながら、タケルは再び自らを慰めだす。
小刻みに震える金色の髪が、余りに愛おしく、余りに切ない。
この瞬間だけ、せめて、あいつを忘れることが出来たなら、どんなに良いだろう。

やがて彼は、俺の頭を抱えながら孤独に絶頂を迎える。
「あ~・・・やばい」
荒い吐息を整えることなく呟かれた言葉が、心に響く。
「すっげぇ、好き」
その声に何を返すことも出来ず、ただ、彼をきつく抱きしめた。


アルコールとセックスに浸り、余韻を引き摺りながらシャワーを浴びる。
彼の肩に手を寄せた時、前までには無かった模様に気が付いた。
「・・・これは?」
蜘蛛の巣に絡め取られた、一匹のトンボ。
「この間、入れてみたんだ」
男の二の腕に寄り添うように描かれているそれが、何を象徴しているのかは明らかだった。
「こうすれば、いつでも、一緒にいられるかなって思って」
屈託のない笑顔を浮かべたタケルは、そう言って捕まえた獲物を指で愛でる。
「オレね、多分もう・・・ハジメとは会えない、と思うから」

麻薬取引から足を洗いたい。
ベッドに腰を掛けた彼は、煙草を咥える俺に心情を語り始める。
「でも、それには、捕まるか、死ぬか、どっちかしかないんだよね」
若者の裏に潜む闇は大きい。
一度足を踏み外せば抜け出せない世界が垣間見えた。
「たまに顔合わせるオッサンがいるんだけどさ。そいつが言うんだ。取引しようって」
「取引?」
「元締の摘発に協力しろ、そしたら、罪状もある程度考慮するって・・・信じて良いのか分かんないけど」
今までの商売で、彼自身もそれなりの利益を得てきた。
掌を返せばどうなるのか、当然、その末路は見えているのだろう。
「何なんだ、そいつ」
「マトリ」
「マトリ?」
「麻薬取締官。頭真っ白でさ。オレを泳がせて、裏探って、組織を根っこから引き抜こうとしてる」

黒い空間に身を置く限り、いつかおのずと黒くなる。
あの部屋で行われていることは完全な違法行為と分かっているつもりでも
俺自身、何処か感覚が麻痺しているところがあるのも確かで
仮に法の手が伸びてきた時、自分はやっていないと言い逃れられる自信は無かった。
「あそこは、まだ知られてないと思うけど・・・時間の問題だろうな」
「知られたら、どうなる?」
「多分、身柄確保されて、検査受けて・・・反応出れば、捕まる」
溜め息を一つ吐き、彼は俺の方へ視線を向ける。
「オレがハジメにできること、何があるだろう」
憐憫の情をを過分に含む眼差しに、行く末に起こり得るであろう最悪の事態が脳裏を過った。


長いハグと、何度も繰り返すキス。
別れは幾ら惜しんでも、惜しみきれない。
「・・・行かなきゃ」
覚悟を決めるように、彼は俺の身体から離れていく。
俺には、彼の笑顔を心に焼き付けておくことしか出来なかった。
「また、いつか、必ず会おうね」
「ああ、必ず」

右手でドアノブを掴んだタケルが、不意に振り返る。
「そうだ。今、何時かな?」
「・・・え?」
バッグを持つ彼の左手には、確かに腕時計が見える。
不思議に思いつつ、名残惜しさを引き摺る故の行為なのだろうと理解しながら
ベッドの上に放り出されていたスマートフォンを手に取り、時間を確認した。
時間は22時57分。
「もうすぐ、11時になる、ところ」
「11時か。ありがとう。じゃあ・・・バイバイ」


去っていった男の未来に、平穏が見えない。
幾ら溜め息を吐いても、喪失感と、罪悪感が消え去らない。
一人残された部屋で身体に残された余韻に浸る内、不意に軽い睡魔が襲ってくる。
荒らされたままのベッドに横になり、目を閉じた。

どのくらい微睡んでいたのか。
枕元に置いていた電話に一通のメールが届き、意識が覚めた。
『そっちはどう?こっちは最高よ』
女が送りつけてきた文面には、恥ずかしげも無く絵文字が並ぶ。
添付されている動画も、中身の無い騒がしいものなのだろう。
そう思いつつ再生した瞬間、一気に血の気が引いていく。
映し出される全てが、信じられなかった。
複数の男女に囲まれた後輩が、蹂躙されている姿。
苦しげな声を上げ、大切なものが壊れていく様が、頭に焼きつく。
気持ちの中で何かが切れる時、きちんと音がするのだと、初めて知った。

□ 90_能動★ □
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■ 8 ■   ■ 9 ■   ■ 10 ■   ■ 11 ■
□ 92_受動★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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