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受動★(8/11)

『そうだ。今、何時かな?』
『もうすぐ、11時になる、ところ』

「違う?」
「あ、いや・・・」
事実と違う時間は、何処から出てきたのか。
もし、タケル自身がそう証言しているのなら、俺は、どうするべきか。
「こいつはもう拘留中だ。・・・今更誤魔化したって、意味無いんじゃないか?」
口角を上げ、冷たい笑みを浮かべる男が、俺の裏切りを待っている。
「素直な態度を見せてくれた方が、こっちだって、君の話を信じようって気になるもんだよ」
不自然に映った男の行動は、もしかしたら、俺を有利な立場に置く為のものだったのかも知れない。
彼はこうなることを予見していて、あんな風に振る舞ったのだろうか。

「彼が部屋を出たのは・・・11時前、でした」
「確か?」
「出る前に時間を聞かれて・・・その時に確認したんで、確かです」
「その後、何処に行くかは、言ってた?」
「そこまでは・・・」
「失礼します」
話の途中で部屋に入ってきた男が宇田川に耳打ちをし、一枚の小さな紙を渡す。
ベテランのマトリは紙片と俺の顔の間に視線を往復させ、軽く手を上げて男を退室させた。
「あの部屋に出入りしてて、売人と関係持って、ヤクやってないって言い訳が通用するとは思ってないよね」
「それは・・・でも」
「まぁ、今日のところは出なかったけど、しばらく素行調査が付くから、そのつもりで」


部屋を出ると、廊下の向こうにあるソファに、見覚えのある中年の男が座っていた。
「君を釈放するには、身元引受人が必要でね」
気配を察したであろう彼が、こちらを向いて立ち上がる。
「ご家族は遠くにおられるってことだったから、会社の方に来て頂いたんだよ」
確かに、父の海外転勤に母も同行した為、身内と呼べる人間は近くにいない。
隠し通せる訳も無いとは思っていたものの、その覚悟はまだ出来ておらず
深々と頭を下げる上司を見ながら、もう、何もかも終わったのだと感じていた。

課長が書類に署名し、預けていた貴重品が戻ってくる。
「信頼してくれていた人間を裏切った罰でも、当たったんじゃないのか」
別れ際、白髪の男の言い放った言葉が、心に深く刺さった。


警察署近くの公園で、味のしない煙草を咥える。
「オレは、まぁ、お前のことは信じてる」
ベンチに座る渡邉さんは、遣り切れない表情を浮かべ、彼の前に立つ俺を見ていた。
「でも、多分、庇いきれん」
既に、会社の上の方には報告がなされているという。
幾ら嫌疑が不十分であっても、疑いを掛けられただけで信用は地に落ちる。
「とりあえず、明日からしばらく、謹慎の命が下った」
「・・・分かりました」
「その間に、幾つか新しいところ、見繕っておいてやるから」

新人時代から、ずっと世話になってきた。
未熟だった自分を何度となくフォローしてくれ、感謝してもし尽せない。
それなのに、最後の最後で、こんな尻拭いをさせてしまった不甲斐ない自分。
「すみません・・・本当に、すみませんでした」
その場に正座し、頭を地面に擦り付けた。
「顔を上げろ、創。そんなこと、するんじゃない」
「もう、どうしていいか・・・どう、詫びて良いか」
「オレは、お前が真っ当に生きてくれれば、それで良いんだ」
背中に真夏の太陽を浴びながら、どんな贖罪も無意味であることを噛み締める。
誰でも良いから、俺を、容赦なく罰して欲しい。
積み重ねてきた罪悪感を、この身に焼き付ける様に。


日常から切り離され、3週間も経った頃。
渡邉さんが紹介してくれた幾つかの会社を回り、やっと一つの会社に内々定を貰うことが出来た。
町田にある地場ゼネコンで、官庁工事を主に請け負っているという。
仕事内容は今までと変わらない工事監理だが、現場の規模は小さく、給与もそれなりになる。
それでも、これが今の自分の価値なのだと、受け入れるしかなかった。

恩人に内定の旨を連絡すると、彼は自分のことのように喜んでくれた。
祝杯でも上げるかと誘いを受けたが、それは断った。
互いの日常と、元いた部署の状況を幾つか話し、電話を終える。
安堵の溜め息と共に、緊張が解け、ふと口元が緩む。
唇がこんなに軽く感じられるのは、いつ以来だろう。

ベッドに横になったタイミングで、電話に着信が入る。
ディスプレイに表示されていたのは、深山の名だった。
奇しくも、俺が謹慎処分を喰らった日、彼が記憶を取り戻したという報せが会社に入ったそうだ。
課長からその様子を聞かされてはいたが、あいつから直接連絡が入ることは無かった。
謝罪するべきか、何度迷いを繰り返しても、勇気は出ない。
そして、今、この電話に出る勇気も、出ない。
断罪して欲しいと思っているのに、俺は、想いを寄せていた頃のあいつを手放したくなかった。
一回目の着信が留守電に替わり、二回目の着信も、間もなく切れる。
間を置かず、三度目の時が、やってきた。

「深山です」
久しぶりに聞く男の声は、酷く落ち着いていた。
「・・・何か用か」
「一つ、聞きたいことがあって」
動揺を悟られまいと、声を落ち着かせることに注力する。
「何だ」
「どうして、オレを、裏切ったんですか」
無数の言い訳が、頭を巡った。
でも、どれもが、彼を納得させるに足るものでは無かった。

「あのまま、オレの記憶が戻らなければとでも、思ってましたか」
「そんなこと・・・」
「いっそ、死んでくれればとでも、思ってましたか?」
強まっていく語気に、思わず流される。
「そんなこと、思ってる訳ないだろう?!」
「じゃあ、何でオレをあの女に売ったんだ?あんたが仕組んだんだろ?何でも良いから言い訳してみろよ!」
「俺じゃない!」
叫び声で、我に返る。
この期に及んで、体面を取り繕っても仕方が無い。
全てを話し、彼の審判を受け、罰を受け入れる。
そうすれば、例え憎悪でも、彼の感情を自分の心に刻むことが出来る。

□ 90_能動★ □
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□ 92_受動★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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