Blog TOP


受動★(6/11)

ホテルの前で捕まえたタクシーに乗ったのは、23時55分。
はっきりと覚えているのは、そこまでだった。
彼の地に向かっている10分足らずの間に、冷静さは段々と失われていき
ペントハウスの一室で酩酊状態の女を目にした時、俺の理性は完全に飛んだ。

「ハジメ、落ち着けって!」
誰かに背後から羽交い絞めにされ、怒りが頂点を超える。
床の上には、怯えた目で俺を見るハルカの姿があった。
涙に濡れる赤く腫れた顔と、ひたすらに震えている白い肌が、感情を逆撫でする。
「落ち着け?どうやって落ち着けって?!」
腕を振り払い、女を見下ろす位置に立つ。
「手ぇ出したら赦さないって、言ったよな」
しゃがみ込んだまま後ずさる彼女の手には、スマートフォンが握られていた。
「・・・警察、呼ぶわよ?」
「こんな所に呼んだら、捕まんのはお前らだろ?」
電話を奪い取り、力なく抗う身体を足蹴にし
傍に転がっていたシャンパンの瓶を、その画面に思い切り叩きつける。
瞬間広がった細かなひびは、まるで蜘蛛の巣の様で
女の悲鳴を聞きながら、粉々になるまで、俺は何度もそれを繰り返した。


忌々しい部屋を後にして、電話を掛ける。
コール音は鳴っても、繋がる気配が無い。
一瞬、音が途切れた。
「深山?!」
『・・・おかけになった電話は、電源が入っていないか、電波の繋がらない場所に・・・』
故意に切られたのか、誰かに切られたのか。
不安に駆られ震える手で、何度もかけ直す。
けれど、幾ら繰り返しても、後輩の電話は切られたままだった。

当所も無く街を彷徨う。
繁華街の端にある私鉄の駅の周辺では、何台かの緊急車両と擦れ違った。
常に何処かの路地裏で小さな諍いが起きているから、同じ類の物だと思っていた。
やがて人影がまばらになり、カラスの声が白み始めた空に響き始める。
それでも、一目姿を見たい、その一心で、歩き続けた。


上司から電話が来たのは、眠気覚ましにファーストフードの店に入った直後だった。
休日の、それも早朝。
よっぽどの事態であることは、それだけで明白だ。
「起きてたか」
「ええ・・・ちょっと、早く目が覚めたもんで」
溜め息混じりの声は、いつもよりもトーンが重い。
「どうか、したんですか」
「実はな、昨日の夜・・・深山が事故に遭ったっていう連絡が、あった」

電車に飛び込もうとしたところを助けられたが、運悪く頭を強打し、意識不明の重体。
渡邉課長が把握している状況は、それが全てだった。
敢えて考えないようにしていた最悪の結果が、目の前に広がる。
煙草を持つ手も、煙を吐き出す唇も、全てが落ち着かず、小刻みに震えた。
「回復の、見込みは・・・あるんですか」
「まだ、何とも言えんらしい」
「そう、ですか・・・」
「お前、あいつと仲良かっただろ?何か・・・知ってるんじゃないかと思ってな」

後輩の絶望の原因は、明らかだった。
手を下したのが狂ったジャンキー達とはいえ、あいつへのアプローチを許したのは俺の所為。
知らなかったから仕方が無い、そんな言い訳は、自分に対しても出来なかった。
俺があの店に連れていかなかったら。
俺があいつに、こんな感情さえ持たなかったら。
俺がこんな人間じゃ無かったら。

「・・・心当たりは、特に、無いです」
「そうか。とりあえず、月曜日は部長から改めて話があるから、30分早く来てくれ」
「分かりました」


深山の意識が戻ったという連絡が会社に入ったのは、あれから2週間ほど経った頃だった。
しかし、朗報はすぐに悲報に変わる。
彼の記憶に、数年分の穴が空いていることが分かったのだという。
事故に遭った理由も、そのきっかけとなった出来事も、もちろん、俺のことも、何も覚えていない。
話を聞いた時、正直、心の中には安堵も過った。
自分が犯した罪は、絶望と共に、彼の記憶の闇に消えてしまった。
ただ、それは、一生赦されることの無い罪を背負ってしまったことに変わりない。

病室の中の後輩は、青白い肌をして、少しやつれたように見える。
初見の男に向ける警戒心を含んだ視線が居た堪れなかった。
上司と共に名刺を手渡し、一歩後ろに下がって彼らのやり取りを眺める。
突然記憶が蘇ったら、あいつは、俺にどんな顔を見せるのか。
緊張と恐怖が、身体も心も強張らせる。

「退院の目途が付いたら、工事監理部へ復帰して欲しいんだ」
工事監理部で一から立て直すか、営業へ戻すか、全く違う部署へ配置転換するか。
会社の人事案に対して、上司はウチへの復帰を望んだという。
「もちろん、深山君次第だけれども・・・今は、人手が不足していてね」
「そう言って頂けるのは大変ありがたいのですが・・・業務内容も、全く覚えていなくて」
「それは重々承知してる。仕事のことはOJTで身に着けて貰えば良い」
「私で、務まりますでしょうか」
「今までだって十二分にやってくれていたんだから、大丈夫。なぁ、創」
「えっ・・・ええ、そうですね」
振られた言葉に対して、咄嗟に反応が出来なかった。
同時に向けられた顔を正面から受け止める事は出来ず、視線を微妙に逸らす。
「深山、君なら・・・すぐに元に戻れると、思います」

□ 90_能動★ □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■   ■ 10 ■   ■ 11 ■
□ 92_受動★ □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■   ■ 10 ■   ■ 11 ■
>>> 小説一覧 <<<

コメント

非公開コメント

Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR