Blog TOP


能動★(8/11)

麻薬取締官。
10年も付き合っていた男の正体が、本人の口から初めて明らかになる。
テーブルの上に並べられた何枚もの写真には、あの夜の記憶の中にぼんやりと浮かぶ顔もあった。
その中の一枚を、彼は俺に指し示す。
「こいつは、その時、いた?」
左耳に幾つものピアスを付けた、金髪の男。
名前は、タケル、というらしい。
「・・・名前は、聞いた。顔は、見てないけど」
「何時頃?」
「分かんない・・・でも、部屋を出る直前、そいつが来て、皆、いなくなった」

偶然にも、俺が逃げ果せるきっかけを作った男は、麻薬の売人。
幼い顔の造作からは想像もつかない見知らぬ青年を、目の前の男は何年も追っているという。
女たちが集っていた、俺が連れ込まれたあのマンションの一室は
彼が探していたヤク中たちの溜まり場の一つだったらしい。
もちろん、その中には、写真に収められていた軽薄な男も含まれている。

黙っていてすまなかった、そう詫びながら銀は写真を仕舞い込む。
「彼も、捕まるの?」
会社の先輩であり、淡い思いを寄せていた存在でもある、俺を裏切った奴のことが頭を過った。
そうなればいいと、思っていたような気もする。
けれど、そうなって欲しくないと思う自分も、確かにいた。
「こいつらとつるんでることは確かだけど、一先ず身柄を確保して、検査して、それからかな」
「・・・そう」
「でも、多分僕は、彼と対峙したら、個人的な感情は抑えられないと思う」
男の指が静かに頬を撫でて、視線を上向かせる。
「君をこんな目に合わせた罰は、相応に受けて貰うよ」


一ヶ月半ぶりに復帰した社内に、大きな変化は見られなかった。
事故の前に受け持っていた物件は各々誰かが代理で進めてくれていたようで
滞りなく、竣工検査を終えたのだという。
「おお、来たか。じゃ、とりあえず工程打合せやるぞー」
俺の顔を見るなり、課長は同じグループの面子に声を掛け、それを合図に周囲がざわつき始めた。
この慌ただしさが、妙に懐かしく、新鮮に感じられる。
ただ一つ、斜向かいの席にいるはずの男の姿だけは、無かった。

「クスリに手ぇ出したってさ。まぁ、いつかやるだろうと思ってたけどな」
社内に流れていた噂は、当たらずとも遠からじ、といったものだった。
正確には、連行され、事情聴取を受け、嫌疑不十分で釈放された、ということらしい。
薬物検査でも陰性だったというから、少なくともその近辺に使用は無かったのだろうが
会社としては大事と受け止めたようで、彼は即日半年の休職、謹慎を言い渡された。

「懲戒って話もあったが、そこまでは止めて貰った」
打合せの後、渡邉課長は寂しげに本音を呟く。
「・・・どっちにせよ、あいつだって、もう戻れないだろう」
元々横浜支店にいた課長は、彼が新人の頃から面倒を見てきた。
本社に移った後、人材を補強しようという話になった時も、真っ先に声を掛けたのだという。
「オレにできるのは就職先の斡旋くらいだけどな」
上司の言葉の端々から、まだ部下を信じている、そんな感情が滲む。
現実として受け止めきれていないのは、俺も同じだったように思う。


ようやっと戻ってきた日常を過ごす中、やがて、心に受けた傷は痛みから疼きに変わる。
職場復帰から2週間ほど経った週末の夜。
携帯電話片手に1時間ほど逡巡し、意を決した。
長い呼び出し音の後、留守電に変わる。
それを2回繰り返し、3回目になって、電話口に相手が出た。

「・・・何か用か」
久しぶりに聞く男の声は、憔悴しきっている様を容易に想像させるものだった。
「一つ、聞きたいことがあって」
「何だ」
俺が記憶を取り戻していることは、彼も知っているだろう。
俺が彼に何を聞きたいかも、推察できているだろう。
それなのに、彼は何の言い訳もしない。
無性に、悔しかった。
「どうして、俺を、裏切ったんですか」

このまま電話を切られてしまうかも知れない。
不安に思わせる程、彼は沈黙を続け、時折溜め息を揺らした。
「あのまま、俺の記憶が戻らなければとでも、思ってましたか」
「そんなこと・・・」
「いっそ、死んでくれればとでも、思ってましたか?」
子供じみた感情が一気に噴き出していく。
俺の口調に釣られる様、彼の言葉の語気も強まった。
「そんなこと、思ってる訳ないだろう?!」
「じゃあ、何で俺をあの女に売ったんだ?あんたが仕組んだんだろ?何でも良いから言い訳してみろよ!」
「オレじゃない!」
彼の心の叫びが鼓膜を震わせ、俺の気持ちを落ち着かせていく。
信頼していた。
少なからず、恋愛感情も抱いていた。
手を離され、背中を向けられたことが、自分で思っていた以上に、心にひびを入れている。
砕けない内に、彼から、答を聞きたかった。

□ 90_能動★ □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■   ■ 10 ■   ■ 11 ■
□ 92_受動★ □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■   ■ 10 ■   ■ 11 ■
>>> 小説一覧 <<<

コメント

非公開コメント

Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR