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能動★(1/11)

「ごめん、遅くなったね」
寂れた歓楽街の、古ぼけた喫茶店。
夜の9時を過ぎて店内が閑散とし始めた頃
スーツ姿の中年の男は、遅刻をしたことを詫びる様に眉を少し下げた笑顔を見せる。
「良いよ・・・珍しいね。仕事?」
「ああ、急に入った案件があって。でも、山は越えたから大丈夫」


男と初めて出会ったのは、10年近く前、俺がまだ高校生の時だ。
自分の性指向を自覚し始め、孤独な好奇心に流されるようネットの世界に嵌り込んでいた。
顔が見えない相手との付き合い方も知らないまま、成人指定のチャットルームで適当な会話を続ける中
ある晩、相手として現れたのが彼だった。

「君、まだ、高校生くらいでしょ」
言葉を交わし始めてから僅かな時間で、ハンドルネーム:ユダは、そう投げかけてきた。
無理に粋がった文面を使って演じていたのは確かだったが、画面の前で妙に恐ろしくなったのを覚えている。
何故分かったのか、そう問うと、いろんな人間と会う機会が多いから何となく分かるのだ、と彼は言った。
周りにいる大人は親か教師か、そんな狭い世界で生きていた俺には
自分の知らないことを何でも知っているかのように振る舞う画面の向こうの大人の男に対して
会話を重ねる度に、ある種の憧れを抱くようになっていった。


それは、恋愛感情に近しい物だったのかも知れない。
18歳の誕生日を迎えた翌日、古風な喫茶店で年上の男を目の前にして
不思議なくらい純粋に、彼には全てを曝け出せると感じていた。
ともすれば、父親とそれほど年齢は変わらないであろう男は、文面と違わず柔和な笑顔を浮かべ
緊張と不安で言葉少なになった子供の心を、少しずつ解いてくれた。

「名前を付けてくれないかな。僕の」
アンティークのコーヒーカップに口を付けた男は、そう言って俺に視線を送る。
「名前?」
「いつまでもハンドルネームじゃ味気ないと思ってね。僕に相応しいと思う名前を、君に決めて欲しいんだ」
ユダとゴウ。
3ヶ月近くそう呼び合ってきた名前を変えることで、今までとは違う、現実の交わりが始まる。
そして、これから、俺たちの関係性が大きく歪む。
彼の提案は、そんな意図を含んでいたのだろうと思う。

「・・・銀、ってどうかな」
「ギン?」
「銀色の、銀」
どのくらい考えていたのか、彼を待たせるのも悪いという焦りもあって、深く考える余裕も無かった。
若輩の浅い言葉を聞いた男は、数秒俺から視線を外して窓の方へ向く。
「ああ、なるほどね」
呟いた彼は、店内の風景をバックにした自らの姿を見ていたらしい。
「面白い。じゃあ、これから僕は、銀で」
目を細めて微笑む若白髪の男は、嬉しげに軽い笑い声を上げる。
これが、俺が初めて彼に行った、命令だった。


互いに下心は持っていたはずだ。
店を出て、小雨が降る中、歓楽街の小路を歩く。
不意に足を止めた銀は、あるビルに視線を送った。
その先には、看板も無い、薄暗く狭い階段が伸びている。
物怖じする俺の手が彼に引かれる。
指から伝わる熱に不安も恐怖も融かされていく、そんなことを感じながら、歩を進めた。

導かれた部屋は、まるで何かのセットのようだった。
「早い内に、打ち明けた方が良いと思って」
男は慣れた風に部屋の隅にある棚へ向かい、いかがわしい物を幾つも手にする。
「こういうのに、興味ある?」
天井からは鎖が下がり、壁には鉄パイプで組まれた櫓、部屋の真ん中には大きな革の椅子が置かれている。
海外の動画サイトで偶然目にするだけの世界。
苦悶の表情で叫び声を上げる、白人の男の姿が脳裏を過った。
「俺、あんまり・・・よく、知らないし」
「大丈夫。君に、痛い思いや苦しい思いをさせるつもりは無いよ」
「・・・でも」
鞭や首輪、ディルドを元の場所へ戻し、違和感だけを背負った男が近づいてくる。
何をされても構わない、直前までそう思っていた決心が揺らぐ中
瞬間、彼の腕が俺の身体を絡め取り、抱き寄せられた。

顔全体で感じた湿ったスーツの布地の感触を、今でも覚えている。
火照った肌を冷やすと同時に、彼の首元から発せられる熱が鼓動を跳ね上げた。
「僕を、調教して欲しいんだ。名付け親である、君に」
耳元で囁かれた言葉を理解出来るまで、少し時間を要した気がする。
返事を待たないまま、彼は頭を傾いで唇を滑らせ、やがて俺の唇に自らの唇を重ねた。
「君が思うように、してくれて良い。君の本能を、見たい」


今日も、あの日と同じ雨が降っている。
今年の梅雨は、雨が多いような気がする。
所々タイルが剥がれた階段を上り、くすんだ色の絨毯が敷かれた空間に足を踏み入れると
興奮を抑えきれないまま、抱き締め合い、口づけを交わす。
俺の思慕を、彼に伝えたことは無い。
出会った頃にはもう、男には家族がいた。
時折口にする子供の話に居た堪れなくなることはあっても、不思議と嫉妬にまでは発展しない。
それは多分、銀という彼の中の人格の一つが、俺だけのものであるという自覚があるからなのだろう。

二人でシャワーを浴び、俺は再びスーツに着替える。
全裸の彼が手にした黒い革の首輪が、本能を呼び起こす。
彼に剥き出された、もう一人の自分。
手渡された物を彼の首に回すと、甘い時間は終わる。

□ 90_能動★ □
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□ 92_受動★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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