Blog TOP


能動★(3/11)

「申し訳ございません、当部署には鈴木が3人おりまして・・・はい、鈴木創ですね」
事務の女性の声が、朝の雑然とした雰囲気の中に紛れて聞こえてくる。
「お電話代わりました、鈴木です。ああ、どーも。例の件、どんな感じっすかねぇ?」
「深山!ちょっと!」
引き継いだ軽薄な声に移った意識は、すぐに上司が呼ぶ声に掻き消された。

中堅サブコンである今の会社に入社してから5年が経つ。
当初は営業職での採用だったが、2年前の春から工事監理部に異動になった。
震災を受けて管理部から被災地へ出向する社員が増え、人手が不足していると、当時の上司は言っており
同じ時期、同じ理由で異動してきた人間は10人近く。
復興工事が落ち着けば営業に戻すとも言われているが、当分はここで働くことになるのだろう。

物件の進捗状況を課長に報告し、自席に戻ると、斜向かいに座る男は既に電話を終えていた。
彼もまた、2年前、俺と同じタイミングで横浜支店から移ってきた社員の一人だ。
「深山さ、今日、五反田の現場行く?」
乱雑な机の上で何か探し物をしながら、創さんはそう声を掛けてくる。
「夕方、検査の打合せに」
「品川の現場に持っていかなきゃなんないもんがあるんだけど、オレ、これから逗子なんだよ」
全くの現業未経験の俺と違い、彼は入社当時から工事監理に携わってきている。
東京へ移った今でも、神奈川県内の馴染みのゼネコンから声がかかることがあるらしい。
今日も逗子の現場へ赴くようで、予定表には既に直帰のマグネットが付けられていた。
「再生センターの方でしたっけ?」
「そそ、置いてくるだけでいいからさ」
探し物が見つかったのだろう、取り上げた書類をメーカーの販促用クリアファイルに入れた彼は
俺の答を聞かぬまま、人懐っこい笑顔と共に書類をこちらへ差し出した。

スーツが辛うじて釣り合う程度の明るい髪色に、180cm近い長身、それなりに整った顔立ち。
プライベートで出くわしたら、恐らくサラリーマンとは違う職種を思い起こさせる風貌は
こういう業界では珍しく、やはり何処か浮いた印象がある。
横浜にいた頃はもう少しやんちゃをしていたそうで、月曜日の遅刻、二日酔いは当たり前
本社に移る直前になって大分落ち着いたのだと、支店の同期が教えてくれた。
それなのに、業者からの信頼も厚く、売り上げもコンスタントに上げてくる。
そして、書類に貼られた付箋に並ぶ整った文字。
歪な欠片で組み立てられた男に対して、ある程度の好奇心が沸くのは仕方が無いと思っていた。

「何だ、大荷物だな。逗子まで旅行か?」
「だと良いんですけどね。残念ながら、仕事っすよ」
ヘルメットを下げた鞄を手にした先輩に、ベテラン勢が声を掛けた。
「どーせ早上がりして、福富町にでも行くんだろ」
「ま、チャンスがあれば」
下世話な弄りにも然程嫌な顔を見せず、彼は俺の肩を叩いて職場を出ていく。
「じゃ、頼むわ」
「気を付けて。あまり遊び過ぎないようにして下さいね」
「お前が明日の消防検査、代わりに行ってくれるんなら、思いっきり楽しんで来るんだけどな」


担当していた現場が一段落し、残務整理の為に出勤していた土曜日の朝。
携帯に創さんからの着信があった。
「おう、今、大丈夫か?」
「ええ、ちょうど会社にいますよ。どうかしましたか?」
「ちょっとさぁ・・・作業員がバックレやがって」
「え?」
最近、建設現場で働く作業員には外国人が頓に増えてきている。
もちろん、殆どが就労ビザを取得しているが、中には不法就労のまま現場に入る者もおり
入管の監査が入って現場が止まったという話も伝え聞いていた。
今回はそこまで大事にはなっていないものの、消えた男たちの行方は分からないらしい。
「二人くらい、今日の午後から寄越して貰えるとこ、ねーかな?幾つか当たったんだけど、都合つかなくて」
大型の物件が続いているこの1年くらいは、作業員の遣り繰りに手を焼くことも多くなっている。
彼の当てに余裕が無ければ、俺の当てにもそれほど期待することは出来ないだろう。

「小里さんの所とかは、どうですか?」
一番初めに頭に浮かんだのは、つい先日完了した現場を担当していた親方。
少数精鋭の職人を束ねる下町の男で、彼自身も腕利きだ。
「電話したんだけど、外出してるみたいでさ」
「そうですか・・・一応、当たってみますけど・・・分かり次第、折り返します」
「悪いな。面倒なこと頼んで」
思考を巡らせながら電話を切り、溜め息をつく。
アドレス帳にある電話番号は、大抵創さんが知っている所ばかり。
2年足らず監理部に在籍したくらいでは、独自のルートなど開拓できる訳も無かった。
それでも、日頃面倒を見てくれている先輩の緊急事態に、何か役に立ちたい。

「深山君、いるか~?」
迷いあぐねていたその時、フロアの入り口の方から自分を呼ぶ声が聞こえる。
視線の先に立っていた初老の男が、年季の入った浅黒い肌の顔に幾重にも皺を寄せ、笑顔を見せた。
「おお、いたいた。近くに来る用事があったから、渡しちゃおうと思ってさ」
手にしているのは請求書だろう。
小走りに駆け寄り、縋る思いで尋ねた。
「小里さん、あの、今日って・・・誰か、手、空いてないですか?二人くらい」


ワイシャツ姿の創さんが会社に戻って来たのは、夕方を過ぎ、暗くなりかけた頃だった。
「どうでした?現場」
「ああ、何とか目途が立ったよ。結局、最後まで人回して貰えることになったし」
「良かったです」
綱渡りのトラブルがつきものの仕事であり、毎度これだけうまく纏まる訳では無い。
安堵の表情を見せる彼に、出来過ぎた偶然への感謝が募った。
「まだ、仕事やんの?」
「いえ、そろそろ終わります」
「なら、飯でも食っていかね?」
「構いませんよ」
立ったままで自席のPCを眺めていた男は、ふと表情を曇らせて椅子に腰かける。
「な~んか、面倒くせーメール・・・30分待って」
「分かりました」

□ 90_能動★ □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■   ■ 10 ■   ■ 11 ■
□ 92_受動★ □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■   ■ 10 ■   ■ 11 ■
>>> 小説一覧 <<<

コメント

非公開コメント

Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR