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融化(3/6)

それから、オレは電車の時間を変えた。
彼の顔を見る勇気が無くなってしまったからだ。
相変わらず、オレを待って、電車を見送っているのだろうか。
何を考えて、窓の外の闇を見つめているのか。
ただ一回の拒否が、彼への意識を更に大きくしていく。


彼と顔を合わさなくなってから1週間ほど。
瀬戸さんから電話が入った。
ライバル会社の誘いを断り、今まで通りの契約を続行するとの連絡だった。
最終的には、消耗品の価格が決め手となったらしい。
そのことを、わざわざ出先から連絡してくれた。

ホッとするオレに、彼女はある提案をして来る。
「青柳さん、今夜お時間ありませんか?」
「は?」
思わぬ言葉に、間抜けた声が出てしまう。
「ちょっと、お話しません?」
彼女とオレの共通の話題と言えば、今回の一件と彼のことだけだ。
そうは言っても、彼とオレの関係について、彼女が知っているとは思えない。
「な、何を?」
「個人的に、お伺いしたいことがあって」
低く抑えたトーンが、妙に艶かしい口調に感じられる。
オレは、口説かれてるのか?
でも、彼女は人妻、しかも彼の奥さんだ。

結局オレは押し切られ、地元の駅のエクセルシオールで待ち合わせることになった。
自分の優柔不断さを心底情けなく思いつつ、オレは店の前に立つ。
中に入ると、奥の席に、瀬戸さんともう一人女性が座っているのが見えた。
アイスコーヒーを頼み、二人の席に近づいていく。
オレに気が付いた瀬戸さんは、軽く手を上げ、席へ促してくれる。
「お呼び立てしちゃって、ごめんなさいね」
そう言うスーツ姿の瀬戸さんとは対照的な、若い女の子に視線を移す。
ほぼ金色の髪に、派手なアイメイク。
オレの顔を興味深そうに、笑みを浮かべながら見ている。
「こちらは・・・」
「佐伯美緒です。ど~ぞ、宜しく」
瀬戸さんの言葉を遮るように、勝手に自己紹介を始める。
この手の女の子は、正直苦手だ。
「ごめんなさい。付いて来るって聞かないから・・・」
「だって、彼が "電車の君" でしょ?」
「は?」
「あ、いや・・・えっと、何処からお話しようかな」
自分に付けられた妙なあだ名が気になりつつ
困惑した表情の瀬戸さんを見て、自分の下心は的外れであったことに気が付く。

「実は、私も彼も・・・同性愛者なんです」
驚きで、声が出なかった。
どう見ても、普通の女性なのに。
「私たち、偽装結婚でして」
「ギソウケッコン?」
聞きなれない言葉だった。
「世間体の為に籍を入れただけで、夫婦生活は無いんです」
そんな世界があることを、初めて知らされる。
「傍から見れば、普通の夫婦なんでしょうが」
瀬戸さんは、隣の美緒さんを見る。
彼女の真のパートナーは、この女の子と言うことらしい。
邪な妄想が、一瞬頭をよぎる。

「籍を入れた当初は、彼にも別に恋人がいたんですけど」
「あいつ、女に逃げたのよ?最悪でしょ?」
男が女に走るのは至って普通だと思いながら、話の続きを聞く。
「それ以来、彼、大分ナーバスになってしまって」
「そこに出てきたのが "電車の君"」
美緒さんは、ゴテゴテの付け爪をオレに向けて来る。
瀬戸さんがその行動を優しく制す。
「1年位前から、ちょっと様子が変わって来て」
「尚紀クン、分かり辛いんだよ。感情出さないんだもん」
「気になる人でも出来たのかな、って。女の勘ですけどね」
「それが・・・オレ?」
彼女は、小さく頷く。
「突然こんな話で、本当にごめんなさい」

「青柳さんは・・・こんなことを聞くのもどうかと思うんですけど」
「オレは・・・違います」
何を聞こうとしているのかは理解できた。
彼女は、言葉足らずの答えでも分かってくれたようだった。
「であれば、一つお願いがあるんです」
「何でしょう?」
「彼に、希望を持たせないで下さい」
遣り切れない様な目で、彼女は言った。
要するに、彼を完全に拒絶しろ、そう言うことなんだろう。
彼女が何処まで知っているのかは分からないけれど
オレが拒絶しなかったことに、彼は一縷の望みをかけているようだった。
「中途半端な同情は、尚紀クンを傷つけるだけだよ」

彼を完全には拒めないのは、何故なのか。
同情、親近感、好奇心・・・恋?
まさかとは思いつつ、どれも否定できないのが、本心だった。

□ 13_融化 □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■
□ 61_朝凪 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■
□ 67_車窓 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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