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朝凪(2/3)

かつて、彼と生活を共にしていたパートナーがいたことは聞いていた。
どんな視線を交わし、どんな夜を過ごしていたのかは知らないし
触れない方が良いんだろうとは思っている。
それでも、どうしても考えてしまう。
彼は、その男に、まだ未練があるんじゃないだろうか。
俺は、その男に、勝っているのか。
意味の無い競争心が湧く度に、疑心暗鬼に捕らわれる。
これは、恋愛感情じゃなく、ただの独占欲なんじゃないかと。


偶然帰りの電車で顔を合わせたのは、お得意様でもあり、彼の妻でもある和歌子さんだった。
「お疲れです。今日は随分遅いんですね」
そんな俺の言葉に、彼女は少し疲れたように笑う。
「社員の送別会だったんです。皆、羽目を外しちゃって大変でした」
彼女も多少飲んでいるのだろう。
赤らんだ顔で、艶のある声を出す姿に、少し心がぶれた。
当然の感情であるはずなのに、頭に浮かぶのは一抹の罪悪感。

「和歌子ちゃん」
地元の駅の改札を出たところで、声をかけてきた男がいた。
そちらに目を向けた彼女の表情が訝しげに歪む。
「ここで・・・何を?」
多分、俺も似たような表情になったのだと思う。
対称的に穏やかな顔をして立っていたのは、あの時、彼といた男だった。

和歌子さんは一瞬俺に視線を送り、男を隅の方へ促す。
近寄るな、そういう意味だと理解して、俺もまた二人から距離を置くように離れた。
何を話しているのかは分からないものの
さっきまでとは明らかに違う彼女の雰囲気が、男と彼の関係を示していた。
あれが、彼の過去。

改札を通る男を厳しい目で見送り、彼女は俺に近づいて来る。
複雑な顔をして、言葉を選んでいるようだった。
「決めるのは・・・尚紀だしね」
つい口を衝いた言葉は、彼女にどう響いたのか。
負けを認めたと、彼を手離そうとしているのだと、思ったのかも知れない。
小さく首を振った彼女は、俺を見上げる。
「決める権利は、あなたに、あるんですよ?」
傷ついた彼を間近で見ていたであろう苦悩の溜め息が漏れた。
「私たちは、常に受け身の立場にしか、なれない」
気持ちを押し殺し続け、何度も感情を諦めてきた彼女の言葉が、心に刺さった。


俺と過去の男とのニアミスを、妻から聞いたのだろう。
土曜日の夜、休日出勤帰りの俺を駅で待っていてくれた彼の表情は冴えなかった。
晩飯代わりに入った居酒屋。
話題に上げるのは、彼に任せよう。
そう思いながら過ごした時間の中、結局、最後まで昔話は出て来なかった。

店を出ると、季節を先取りした冷たい風が吹いていた。
僅かに強張った肩に、彼の手が触れる。
「・・・何?」
俺が振り向くと同時に、その手は離れていく。
やりきれない視線が足元に落ちる。
決める権利は、本当に、俺にあるのか。
確証が持てないまま、一つの提案をしてみた。
「少し、俺の家で、飲み直さない?」

彼の家と俺の家は、同じ駅圏内でも多少離れた位置にある。
休日に限らず、互いの部屋に行くことは無く
店を転々としたり、公園の風景を眺めたりと、たわいもない時間を共有するだけ。
それで満足していたし、幸せだった。
それ以上のことを求めると、この喜びを失ってしまう気がして、踏み込め無かった。


狭い部屋で見る彼は、いつも以上に大きく見えた。
自分以外の誰かがいる環境に慣れていないせいかも知れない。
カウンターキッチンに置かれた椅子に浅く腰掛けた彼は、俯き加減のまま、俺を見ていた。

「彼に、会ったそうですね」
重い口が開いたのは、缶ビールの水滴がカウンターを濡らすくらいになってからだった。
「見かけた、くらいだよ」
「・・・そうですか」
「でも、その前にも、見た」
顔を上げた彼は、俺に視線を向けながら息を呑む。
「ごめん、あの時、外から見てた」
責めるつもりは、これっぽっちも無かった。
ただ、俺の中には、彼に決めて欲しいという気持ちが未だ燻っている。
その結論がどんな形であれ、受け入れようと思っていた。
「あの男と、ヨリ、戻したい?」

カウンターを挟んだ位置にいた彼は、何も言わずに立ち上がる。
瞬間、その腕が首に回り、身体ごと引き寄せられた。
至近距離で軽く息を吐いた男は、静かに優しく、唇を奪う。
柔らかい感触に追い立てられる鼓動を悟られたくなくて、必死に気分を落ち着けようとしたけれど
首を傾げる度にリセットされる感覚が、そんなことを許してくれるはずも無かった。
息苦しさで開いた隙間から彼の呼気が入り込む。
薄い視界の向こうにあったのは、あまりにも切なげな表情だった。

□ 13_融化 □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■
□ 61_朝凪 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■
□ 67_車窓 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■
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恋の真髄

「忍ぶ恋」を日本人は好きなんだと思います。武士道の『葉隠』にも、忍ぶ恋こそが恋の真髄だと書いてあったかと思います。
片思いの一方通行でも、相手の思いとは関係なく一途に思い続ける…。
前に、10年間以上毎月手紙を夫に出し続けるN君の事を言いました。
彼は自分の気持ちを出し続けているという意味では、救いがあるのかと思います。

友達が多い夫ですが、中学校からの特別な親友がいます。両親が芸術家で、彼もプロみたいな画力を持っていますが、本人はフランス文学をしています。
私達の結婚披露宴に来ていました。結婚のお祝いとして、ティーポットとカップのセットをくれたし、家にもたまに遊びに来ます。
一生独身かと思っていたら、驚く程地味な女性と結婚。日本では許可されていない生殖技術で、米国で双子の女児を出産して貰いました。
そして、その双子の名前を夫から聞いてびっくり!!私と娘の名前にそっくり!
しかし、忍ぶ恋の相手は、友人の妻である私ではありませんよ。
さすがに、夫もその名前はちょっと嫌だな?と言っていました…。
男の友情は固く、妻や恋人でも割って入る事は出来ないと承知していますが、定期的に東京や京都で飲み会をする夫と他の友人達の絆とは全然違う。
彼は時々、気持ちが弱ったり困ったりしたら夫に電話して来ます。すると、夫は飛んで会いに行きます。パソコンの設定なんかは、夫でなくて業者に頼べばいいのにと思ったけど、それは口実に過ぎないンですよね。
時々、ただひたすらに会いたくなるんじゃないか!?
電話を掛けてくるのはいつも彼からで、夫から掛けた事が無いのに気付きましたわ。

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利他と利己。

一途に想い続ける、例え、成就しなくとも。
純粋な利他的感情を、恋と呼ぶのでしょうか。
だとしたら、私はまだそれを体験したことが無いような気がします。

ただひたすらに会いたくなる関係。
心の何処かにそういう存在を持っていることは
生きて行く上での大きな支えだと思います。
もちろん、それが利己的な感情であることは承知していますが。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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