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車窓(5/9)

駅のホームに鳴り響く、けたたましいサイレン。
緊急停車の放送を期に、乗っていた電車から人が続々と降り始める。
目的地までは、あと一駅。
このまま待つ方が賢明だろうと車内に残ることを決めた。
それは、目の前の彼も同じようだった。

ガランとしてしまった車内は何となく居心地が悪くて、彼から少し離れるように、身体を移動させる。
そのタイミングで、彼が不意に振り返った。
視線を交わさないよう、顔だけ彼に向けて足元を見る。
「あの・・・」
ややトーンを落とした彼の声が構内の雑音に混ざり込んでいく。
「あなたのこと、奥さんから・・・聞きました」

何のことを言っているのかは、聞くまでも無かった。
「その上でのことです」
一瞬のうちに、様々な思考が巡る。
何処まで、俺のことを知っているのか。
どうして、知った上で踏み込んで来ようとしているのか。
「・・・困ります」
彼の行為の答が益々見えなくなる中で、発することが出来たのはそれだけだった。


「ちょっと、良いですか」
腕を引かれ、ホームに下ろされる。
戸惑いを振り払うように一息ついた彼は、問い質すような口調を投げかけてきた。
「あなたの気持ちを、聞かせてくれませんか?」

こんなところで言えるはずもない。
同性に抱く恋心。
彼にとっては、酷く不自然な現実。
軽蔑を向けられるのが怖い。
真剣な眼差しが心に突き立てられるようで、身体が震えた。

「3番線に停車中の電車は、信号が変わり次第の発車となります。ご乗車になってお待ち下さい」
ホームに響くアナウンスに、彼は諦めの溜め息を残す。
「これ・・・携帯の番号も、書いてあります」
彼はそう言って、俺のスーツの胸ポケットに自身の名刺を挿し込んだ。
決意を促すかのように俺の胸元を軽く叩いた彼は、発車間際の車両に乗り込んでいく。
程なく発車ベルと共にドアは閉まり、長い車体がゆっくりと動き出す。

手に取った名刺に書かれている名前に、心臓が止まる思いがした。
青柳慎也。
悪戯にしては、残酷過ぎる。
同じ名を持つ、過去と現在の男の面影が脳裏を漂い、霧散する。
それが却って、決心を固まらせた。
この縁は、どんなに手繰り寄せても、無駄だ。


その日の予定は講習会直行。
余裕の無い行程に電車の遅延が加わり、会場に着いたのは開始時刻ギリギリだった。
近年の需要の多さから改正された評価方法が、大きなスクリーンに映し出され、流れていく。
『よりフレキシブルかつサスティナブルへ』
そんな題字が書かれた資料を手元に置いたまま、その内容は、一向に頭に入らない。

建物が持つ省エネルギー性を可視化する評価会社に勤めて、もう5年以上経つ。
若手と言う箔も取れてきて、より実践的なやり方が求められるようになった。
一生の仕事だと思っているし、サラリーマンとしての自分の立場も、分かっているつもりだ。
それなのに、あの別離から、どんどん人間性が劣化しているような気がする。
このままじゃダメだと思っているのに、踏み出すどころか、背を向けることしか考えられない。


「講習会、どうだった?」
会社に戻ったのは、夕方過ぎ。
同僚から声をかけられ、やっと自分の疲れを認識した。
「ああ・・・それほど大きく変わったって感じじゃなかったよ」
おぼろげな記憶の中から、印象的だった部分だけを摘み取る。
「計算アプリの数値は変えないとならないけど」
「それが厄介なんじゃないか」
「まぁ、そうだな」

机の上に置かれたメモを手に取る。
「新しい案件の話だってさ。近々に打合せできないかって」
そう言って、彼は束になった図面や資料を手渡してきた。
「病院?」
「そ。老人ホーム兼ねてるようなとこ」
軽く目を通しただけでも、その広さに圧倒されるような規模。
「・・・面倒だな」
つい発した言葉に、同僚は苦笑いを浮かべる。
「珍しいな、瀬戸がそんな風に言うの」
「あ、いや・・・」
無意識の内に、仕事に対する意欲まで削がれていることに気が付く。
気を取り直すように、笑って答えた。
「ちょっと、疲れてるだけだから。・・・大丈夫」

□ 13_融化 □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■
□ 61_朝凪 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■
□ 67_車窓 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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