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車窓(2/9)

「女々しすぎる」
夕食の席で、妻の恋人は俺に向かって言い放った。
「美緒、そういう言い方は・・・」
「だって、そうでしょ?いつまで引き摺ってんの?」
感情的な女の声が、却って思考を冷静にさせていく。
そんなことは、分かっている。
でも、心を落ち着ける場所が、見つからない。

万に一つの出会いだったはずのパートナーとの別れによってもたらされた酷い無力感は
ごく当たり前の日常の過ごし方さえも忘れさせていった。
夜、眠ることが出来ず、遅刻を繰り返す。
食欲が出ず、体重が減り、倦怠感が付きまとう。
それまでの人生を否定されたような失意。
偶然以上の縁に再び巡り合うことは無いだろうと、結論付けては心を落としていた。

「結婚した男とヨリ戻そうなんて、思うのやめなよ」
両性愛者だった恋人に、子供が出来たと告白されたのは、冬の夜。
話を理解出来なかった、しようとしなかった俺に、彼は一晩中語り続けた。
自分が生きてきたことを証明するものが、欲しい。
ぼんやりと陽の光が射すベッドの上で聞いたその言葉が残したのは、絶望だけだった。

「別れが出会いのチャンスって言うじゃない。どうして前向きになれないの?」
「そんなに、簡単なことじゃ、ないだろ?」
「そりゃ、殻に閉じこもってれば、そーでしょうよ」
彼が去ってから、半年余り。
立ち直る気配も見せない俺に、彼女は業を煮やしていたのだろう。
イライラを爆発させながら絡んでくる口調に、俯くしかなかった。
「例え、慎也さんより良い人が目の前に立ってても、それじゃ気づかないよね」

忘れたくても、決して忘れられない名前。
他人を愛することも、痛みさえ融かしていく快感も、全て彼に教えられた。
俺の一部だと思っていた存在が無くなっても尚、その空隙すら、愛おしかった。
彼以上の男が現れるなんて、有り得ない。

「美緒は、良いよな」
つい口を衝いた一言に、目の前の女の顔が歪んだ。
「何、それ?・・・ああ、そうか」
「ちょっと、二人とも・・・」
「オレはゲイだから、出会いなんて無いって?あたしはバイだから、出会いがいっぱいあるんだろ?って?」
同性愛者と両性愛者、異性愛者から見れば同じように思われているのかも知れないが
俺から見れば、異性を恋愛対象に出来ること自体に違和感がある。
それは決定的な違いだと思っていたし、妬ましさがあったのも、確かだった。
「バッカじゃないの?男だろうが、女だろうが、出会いなんてほ~んの一握りなのよ?」
雑な音を立てて、彼女は立ち上がる。
「だから、ちゃんと前見てなきゃ、逃がしちゃうよって言ってんの」


怒りが収まらない様子の女は、自室へと姿を消す。
自分が作った料理を眺めながら、呆れたように妻は笑った。
「心配してるのよ」
「・・・そう」
「もう、下向いてる尚紀君、見てられないって」
冷めてしまった揚げ物が乗せられた小皿を受け取り、手元に置く。
「気持ちは、凄くよく分かる。けど」
真摯な眼差しに、彼女が抱える過去の辛苦が映っているようだった。
「そろそろ、顔を上げても良いと思うの。足元に、思い出を置いておいても良いから」

フラワーアレンジメントの教室に通っていた女と、そこの講師をしていた女。
講師と生徒の関係は、やがて友人となり、月日を重ねることで恋心が絡むようになった。
今の俺と同じように恋愛を諦めかけていた時期、妻にとって彼女は、掛け替えの無い存在だった。
「・・・和歌子さんは、どうやって、乗り越えた?」
「乗り越えては、ないな」
「え?」
「まだ、引き摺ってる。多分、一生、引き摺るんだと思う」
恋人が引きこもってしまった部屋のドアに視線を向け、彼女は言った。
「でもね、美緒がいる限り、足元は見ないようにしてるの」


足に絡みつく、過去の恋愛。
先に進めないのは、それに縋りつこうとする自分の弱さのせい。
思い出は、もう、戻ってこない。
「おはよう」
モーニングコールを受け取る前に彼女たちの部屋を訪れた俺に
朝食の準備をする妻は、ホッとしたような表情を見せた。
「早出って言ってたけど、こんなに早いの?」
「何か・・・目覚めが良くて」
「そう。じゃ、急いでご飯作るね」
「美緒は?」
「まだ、寝てる」


買い物帰り、駅前の公園を横切る。
その入り口付近にある喫煙所に、ふと目が行った。
皆バラバラな方向に目をやりながら煙草を吸っている、数人の男たち。
視線を戻そうとした時、思わず息が止まる。
朝とは違う、緊張を緩めた顔。
紛れも無く、彼だった。

「どうしたの?」
「あ・・・いや。朝、よく、見る人だな、って思って」
「ふ~ん・・・」
俺の背後を覗き込むように、そちらを見やる彼女。
妙な緊張感が、歩みを少し早くさせる。
離れていく、距離。
もう、訪れないかも知れない機会から手を離すのが悔しくて、もう一度振り向いた。
瞬間交わった視線に、初めて出会った時の想いがぶり返す。
その時、俺は、叶わぬ恋を現実として受け止めたんだろう。

□ 13_融化 □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■
□ 61_朝凪 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■
□ 67_車窓 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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