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車窓(1/9)

週末開かれた彼の送別会は、つつがなく終わった。
いつものように別ルートを辿り、駅で再び顔を合わせたのは1時間後。
「引っ越しの準備は、順調?」
「あんまり、進んでなくて」
「手伝おうか?」
「いや、大丈夫」

同じ職場で過ごした部下と上司としての関係は、間もなく終わる。
「慎也さんは、来週、でしょ?」
「オレはそんなに荷物も多くないから。楽なもんさ」
「俺も、物持ちな方じゃないけど・・・」
「でも、家電は尚紀の方が立派なやつ、持ってるだろ?」
「それは、俺のが新しいからだよ」
不服そうに声を発した俺に、彼は目尻に皺を寄せながら微笑む。
1年以上続いた忍ぶ恋の結実。
春から始まる、彼との新しい関係。
永遠に訪れないと思っていた幸せな時間に、心ゆくまで思いを馳せた。


「尚紀君、まだ寝てるの?」
朝は強い方じゃない。
起きる気配の無い俺に、妻である彼女が電話をかけてくることは珍しくなかった。
「・・・あ、ごめん」
「早くしないと~、いつもの電車に遅れるよっ」
その向こうから聞こえてくるはしゃいだ声が、悔しいことに、寝ぼけた頭を目覚めさせる。
「ご飯、どうする?」
「ちょっと、無理かな」
「じゃ、夜のお皿洗いは宜しくね」
寝坊癖を直そうとしてくれているのか、単なる悪戯心なのか。
彼女の作る朝食を抜いた日は、夕食の皿洗いをさせられるペナルティが待っている。
「・・・了解」

急ぎ足でホームに向かう。
妻の恋人が言ったいつもの電車、には何とか間に合ったようだった。
既に人の乗降を終えた電車のドアが閉まる。
案内板を背に、その光景を眺めていた。
イヤホンから流れてくるのは、流行りの洋楽。
大して造詣が深い訳でもなく、知り合いが勧めてくるものを、ただ何となく聞き流しているだけだ。

ふと感じた気配に、視線を上げる。
距離を置いて立っていたのは、名前も知らない一人の男。
彼に視線を向けた瞬間、次の電車がホームに滑り込んでくる。
前髪が風に煽られる、その姿にもたらされた一瞬の心の凪が、毎朝の歓びだ。


頭を軽く振って僅かに残る眠気を飛ばしながら、ホームに入って来た電車に近づく。
早出だった日の朝、俺と同じ車両に乗り込もうとしている男がいた。
一通りの乗降を待っていると、彼は小さく手を車内に向けて先に乗るように促す。
軽く頭を下げて車両に乗った俺の前に、彼が立った。
間もなくドアが閉まり、走り出した電車はやがて闇の中を進む。
黒い窓に映る彼は、時折ぼんやりと視線を泳がせ、目を閉じる。
何でも無いその光景に、惹きつけられていく自分。
急激な感情の動きに躊躇いながらも、彼の気配を感じているのが悦ばしい。
強烈な一目惚れだったのだと思う。

電車を降りた後、名残を惜しむように振り向いた。
一瞬、目が合ったような、気がした。
発車ブザーと共にドアは閉まり、地下鉄は去っていく。
もう一度、彼に会えたら。
そんな想いに駆り立てられ、俺は出勤の時間を変えるようになった。
顔を上げる喜びが、そこにある。
同じ空間で同じ時を過ごす僅かな時間が、平凡な毎日の中の、小さな幸せだった。

毎朝顔を合わせていても、通勤時以外に顔を合わせることは無い。
当然と言えば当然のことに、縁の薄さを重ねてしまうのは、きっと大人げないことだろう。
もう1年近く同じ毎日を過ごしているのに、それでも、会えない日には気分が落ちた。
忘れようとしていた単純な感情が、疎ましくもあり、喜ばしくもある。


ある夜。
いつもの駅に降り立った俺の背中を、誰かの手が数回叩く。
「良いタイミング。お買い物、付き合ってくれる?」
振り向いた表情は、どんなものだったのだろう。
視線を合わせた彼女は、不意に意味深な笑みを浮かべた。
「何だか、ガッカリしてるみたい」
「そんなこと・・・無いよ」
数秒見つめ合ったその眼には、女の勘が滲む。
「美緒は?一緒じゃないんだ?」
図星を悟られないよう、ちゃちな誤魔化しを口にする。
それでも、彼女は多分、気付いているのだろう。
「急きょ、ディスプレイの手伝いに駆り出されたって」
「・・・そう」

3つ年上の和歌子さんと、3つ年下の美緒。
彼女たちと出会ったのは、数年前のことだ。
手頃な部屋は単身者不可、身元を詮索されないような部屋は、利便性も治安も悪い。
男二人で住む部屋を探すことに苦慮していた彼が選んだのは、偽装結婚という手段だった。
知らない女と、形式上とは言え籍を入れるのには当然抵抗もあったが
既婚であることが社内での地位を上げる、旧態依然の会社に勤めていることもあり、渋々了解した。

この共同生活は、幾らか歪な部分はあったにしても、良い距離感を保っていたと思う。
互いが仕事を持ち、社会的にも独立した大人同士の交流。
男女の間に色恋は介在せず、けれど些細なことを補い合える仲間。
深まりゆく恋人との時間に、夢を見ていたのかも知れない。
綻びを見せ始めた関係に、俺は、気が付くことが出来なかった。

□ 13_融化 □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■
□ 61_朝凪 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■
□ 67_車窓 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■
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コメント

非公開コメント

ありがとうございますm(__)m

また地震ですね。
震源が東京湾なんて本当かな?
かなりイヤですね。

私の想像では、尚紀くんは相当かっこいい設定になっています。
背が高くて、センスが良くて、おしゃれで、寡黙で。
黙って立っているだけで人の目をひくくらい。

ですが、内面は謎です。
本人が無口ですから。

今回、まべちがわ様が、リクエストを引き受けてくださったこと、本当に感謝しています。
始まりからして、一目惚れだったんだ!と。
これからも、とてもたのしみです。

実は私、8度4分の熱がでてます。
湿気が嫌いだから、除湿しすぎて冷えちゃった。(;_q)
まべちがわ様も、クーラーなどの冷えにお気をつけて、お過ごしください。

引き摺る男。

『融化』を書いてから、早2年近くが経ちます。
その時は、まさか2編も続編を書くことになるとは、思ってもいませんでした。
基本的に一編完結の形が殆どですので
これだけ登場人物について設定を掘り下げることは初めてです。

スマートなイメージをお持ちとのことですが
話の裏に流れる展開を考えた時、一番しっくりきた人物像は、引き摺る男。
自分一人では如何ともし難い感情にぶつかった時の
弱さや小賢しさを表現できればと表現できればと思って書いてみました。

しばらくは猛烈に暑い日が続くようです。
どうぞ、ご自愛ください。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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