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車窓(7/9)

望みは、その全てが叶えられるとは限らない。
叶えられたものもある、叶わないだろうものもある。
それでも、足元を見るばかりの日常からは解放された。
車窓の向こうから出て来た彼を、少しずつ、実体として捉えていく過程が幸せで、嬉しかった。

ただ一つ、あれから数か月経った今でも、乗り越えられないことがあった。
彼の名前を、口に出来ない。
「青柳さんは・・・」
そう声に出す度、彼の顔が一瞬困ったように曇ることは気が付いていた。
距離を縮めてきてくれている彼に申し訳なさが無かった訳ではないけれど、どうしても、出来なかった。


その出会いは、あまりに唐突だった。
妻たちが不在だったある夜、地元の駅で彼と待ち合わせの約束をした直後のこと。
改札を出た俺の目に飛び込んで来たのは、一人の男だった。
「久しぶりだね」
「・・・どうして、ここに?」
「仕事で、たまたまね。まさか、会えるとは思って無かったけど」
柔らかな表情も、温和な口調も変わらない。
年相応に齢を重ねた笑顔に、皺が寄る。
「元気にやってるかい?」
「おかげさまで・・・」
「和歌子ちゃんたちは?」
「ええ、変わらず・・・」

嫌いになった訳じゃない。
捨てられた、と卑屈に思う感情が無い訳でもない。
約束があるからと誘いを断る俺の口調には、何処か引き摺っているものが滲んだのかも知れない。
待ち人が来るまでの僅かな時間、過去に縋ることを、心の中で詫びていた。

彼なりに気を遣ったからなのか、その口から出てくる言葉は今の彼のこと。
仕事や家族、そんなありきたりな、けれど聞きたいとは思えないことばかりだった。
聞き流せるようになれと、もう自分のことは振り切れと、男は言いたかったのだろう。
「そろそろ、良い人は、見つかった?」
不意に向けられた質問に、咄嗟に答えが出なかった。
「なかなか・・・そう、上手くは、行かないよ」
作り笑いを返しながら、混ざり合うまで待って欲しいと言った彼の表情を思い浮かべる。
不自然な恋愛関係の歩みは、遅い。
焦燥感と共に不安が過るようになっていたのも、確かだった。

携帯の着信で、時間の経過を思い出す。
後ろめたさを抱えて出た電話の向こうから、申し訳無さそうな彼の声が聞こえてきた。
「ごめん、急に仕事が入って・・・」
興味深げに俺の表情を窺う目の前の男から、視線を外す。
「・・・そうですか」
「その分、週末、楽しみにしてるから」
二人の狭間で揺れる感情は、最後に付け加えられた言葉に、何とか引き留められた気がした。

溜め息と共に電話を置いた俺に、彼は当然の質問を投げかける。
「待ち合わせの相手?」
「・・・そう。都合、悪くなったって」
「友達?それとも・・・」
すぐに答えを返すべきだった。
どうして、躊躇ったのか。
「・・・分からない」

予定の無くなった俺を、引き留めることはしなかった。
ただ、カウンターの椅子から降りる彼は、最後にこう言った。
「オレと彼は違う。同じ幸せを求めようとしちゃ、ダメだよ」
思い出から抜け出せないことも、新たな現実に飛び込めないことも、彼にはお見通しだったのだろう。
これからも、何度か来る機会がある、その言葉に自分の未練がましい気持ちを思い知らされた。


「慎也さんと、会ったわ」
あの夜から数日後、幾分不機嫌な表情で、妻はそう言った。
「・・・何処で?」
「駅」
二人きりの空間が、何処か強張っていくようだった。
「青柳さんと、偶然一緒になった時でね」
過去と現在の交錯。
互いの心にどんな感情が生まれたのか、想像することも怖かった。
「何か、言ってた?」
「何も言ってないけど・・・気が付いては、いたと思う」
「・・・そう」
「彼、尚紀君とも話したって、言ってた」
彼女は未だ、昔の男に良い思い出を持っていない。
同じ時間を過ごして来たとは言え、今では彼がいなくなってからの時間の方が長くなった。
目まぐるしく変化していく俺の心境を、多分、本人よりも良く知っているからなのだろう。
「ちょっと、前に・・・会ったんだ」
「そう」

静かな溜め息を一つ吐き、彼女は立ち上がる。
用が済んだ食器を片づけながら、俺に向かって問いかけを呟いた。
「青柳さんを待ってるの、不安?」
「それは・・・」
「ちゃんと、前、向いてる?彼に、向かってる?」
思い出は縋るものじゃない。
思い出は、噛み締めるもの。
それは、分かっているのに。

□ 13_融化 □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■
□ 61_朝凪 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■
□ 67_車窓 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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