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車窓(9/9)

過去と同じ幸せを求めてはいけない。
少し乾いた、柔らかな感触に、その言葉を思い出す。
息苦しさから逃れるように僅かに位置を変えながら、何度も、唇を触れ合わせる。
顔を離した瞬間に感じた視線には、戸惑いすらも浮かばない驚きの感情が込められていたように思う。
後頭部を手で支えながら、首筋に顔を埋め、軽く舌を滑らせる。
形容しがたい甘い吐息が耳を掠めた。

「尚紀・・・ちょ、っと」
暴走しかけた理性を止める、彼の声。
「ちょっと、待って」
冷静さを欠いたその姿に、逸る気持ちが抑えられない。
頭を抱えるようにきつく抱き締め、何とか自分を落ち着かせようと目を閉じる。
「・・・すみません」
子供をあやすように俺の背中を撫でるその手は、本当に優しかった。


「青柳さんは、別れた女のこと、簡単に忘れられますか?」
過去の男との邂逅を話している途中、一つの問を彼に投げかけた。
それは、紛れも無く、俺自身が過去を引き摺っていると言う告白に他ならない。
怪訝な表情をする彼から視線を外し、フローリングに泳がせる。
「・・・昔に戻れれば、正直、そう、思う時もあります」
溜め息と、缶を小さく叩く音が、彼の機嫌を教えてくれるようだった。
「オレのこと、彼に何か言った?」
口には出していない。
それでも、年上の男は、俺の逃げ口上の意図に気が付いていただろう。
「一応、想いを寄せてる相手は・・・いる、と」

頬に触れた手に呼ばれるよう、彼の方へ向き返る。
「寄せてる、相手?」
感情を露わにした彼の口調が、徐々に強張っていく。
「オレは、お前の気持ち、受け止めてるつもりなのに。そんな、一方的なもんなのか?」
「それは・・・」
「過去を忘れろなんて、言わない。でも、オレはどうしたら良いんだよ?」
迷いで鋭くなった眼差しに、言葉が出ない。
勝手に想いを寄せて、悪戯に不安を煽り、我儘な感情を投げかけるだけの自分。
どうして俺は、この期に及んで素直になれないのか。

立ち上がった彼は、俺の側に立ち、腕を引く。
されるがまま、ベッドの方へと追いやられた。
「ヤったら、変わんの?」
自棄気味にネクタイを外す彼は、俺を見つめながら言い放つ。
「だから、キスして来たんだろ?続きがしたいんだろ?」
放り投げられたネクタイが視界から消えていく。
こんな終わり方は、したくない。
「違います、そうじゃない・・・僕は」
「じゃあ、どうして欲しいんだよ?!はっきり言えよ!」
煮え切らない俺に、彼は感情を爆発させる。
「オレはこんなに本気なのに、離れていってんのは、お前だろ?」

頬に寄せられた手の感触のすぐ後に、唇の儚い感触が身体を包む。
立ち尽くしたままの俺に、彼は、幾度とないキスをくれた。
「尚紀、オレのこと、本当に好きか?」
吐息が絡む呟きが、耳を抜ける。
「なら、頼むから、オレのこと・・・好きだって、言ってくれ。言葉に、してくれ」


想いを寄せ合っていても、伝えなければ、何の絆も生まれない。
日々の喜怒哀楽に薄められていく根底の想いは、時折、掘り返すことも必要だ。
彼の頭が、肩口に収まる。
首に回された手が、二人の身体をより密着させる。
「・・・好きです」
自分に言い聞かせる様、求められた言葉を口にした。
「好きです、言葉じゃ・・・足りないくらい。だけど・・・」
「だけど?」
「怖い。言い表せない程、不安で・・・堪らない」
深い息を吐いた彼は、その唇を俺の耳元へ寄せる。
「オレだって同じくらい、好きなんだよ。同じくらい、怖いんだ」
囁く声が、拗れた心を解きほぐすようだった。
「でも、お前となら、大丈夫だと思ってる」

来し方も、考え方も違う二人の人間が、同じ人生を歩む。
そこには、偶然を超えた何かがあるのだろうと思う。
歪な感情がぴったり嵌りあうことなんて無いのは、分かっていた。
「・・・隙間は、埋められますか?」
それでも、これが、俺が彼に望むこと。
「慎也さんと・・・僕は、一つに、なれますか?」


窓を開けて煙草を吸う彼の姿を、ベッドの上から見ていた。
まだ夜は明けたばかりのようで、僅かな陽の光が彼の髪を照らしている。
揺れながら空に溶ける煙を、目で追いかけた。
その時、床に放り出されていた携帯電話が不意に鳴り始める。
「誰?」
振り向いた彼は、煙草を咥えたままで聞いてきた。
「・・・ちょっと、面倒な女」
誰のことなのかは、すぐに分かったのだろう。
「ま、見かけに寄らず、良い娘だと思うけど」
「それは、そうなんですけどね」
第一声からして想像がつく。
ここで無視して、後からいろいろ勘ぐられるのも面倒だ。
そう思いながら、通話ボタンを押した。


「オレって、もしかしたら、スーツケース一個で暮らせる性質なのかも」
トラックに積み込まれた少なめの荷物を見ながら、彼は呆れたように笑う。
「家電とか家具が無いからですよ」
「そうだけど。・・・尚紀は服持ちだもんな」
「あれは、美緒がせっせと勧めてくるから」
「へぇ・・・じゃ、オレは和歌子さんに見繕って貰うか」
悪戯っぽく笑うその表情に、単純な嫉妬が、つい顔に出た。
走り始めたトラックを追いかけるように、彼は歩き始める。
「別に、お前でも良いぞ?」
振り向きざまの笑顔が、心に光を射し入れる。
「じゃ、僕の貸しますよ」
「デカいだろ?」
「大して変わりませんって」

車窓に映る彼は、疲れていたり、少し気合が入っていたり、日々変化を見せる。
時折交わる秘めた視線に心からの安堵を覚えるのは、二つの心が馴染んできたからなのだろう。
冬の訪れと共に始まった共同生活に想いを馳せる。
車内灯に照らされた滲む彼の姿を見て、俺は幸せを噛み締めた。

□ 13_融化 □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■
□ 61_朝凪 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■
□ 67_車窓 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■
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コメント

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無口な彼

おはようございます♪
リクエストにお応えくださり、ありがとうございましたm(__)m。

私の頭の中で考えてた尚紀クンの印象が変わりました。
というより、無口な人に対する認識が変わりました。
無口イコール、クール、かっこいい。っていうのと、もうひとつ、無口イコール内気で頼りない。っていう思い込みが。
思いや感情がいっぱいで、逆に無口な場合もあるのかと。
そんな時、そういう状態の人には、積極的なアプローチが、かえって彼を追いつめるのかな、と。

尚紀クンは、想像以上に過去の恋愛にしばられていて、身動きできなくなっていたんですね。
だから途中からは、青柳さんに「尚紀クンを過去から引き剥がして」ってお願いしながら読んでました。
青柳さんは光のような人ですね。

あと偽装結婚という言葉は印象悪いですが、3人はとっても良い仲間だなと思いました。
この仲間の中に青柳さんも加わって、 これから楽しくなりそうだな、って感じるイイ終わりかたでした。

ありがとうございましたm(__)m。
満足デス♪(//∇//)

以心伝心。

貴女や私が、随時色々なことを考えているように
貴女や私の隣にいる人も、同じように色々なことを考えています。
それを言葉にするかしないかは本人次第。
無駄口を叩かなければスマートだと思われ、重要な時にさえ口を開かなければ情けないと思われる。
今回の主人公になった男は、むしろ後者として書いてきました。

以心伝心、と言う言葉があります。
理想的な関係の代名詞として使われることも多いのですが
自分の考えもまとまらないままに、察してくれと言うのは余りにも無茶な要求です。
やはり、人間は言葉で何かを伝え、共有した上で困難を乗り越えていくべきだと
この三部作では、そんなところに重点を置いていたような気がします。

ご満足いただけて、何よりです。
これからも、宜しくお願い致します。

No title

きゃー////ハッピーエンドになってくれてうれしいです☆これは絶対に美緒と和歌子さんのおかげですね!
尚紀達も、美緒達も四人そろって幸せになれますように☆ 

女性を扱う難しさ。

思わぬ形で三部作になったこちらの話ですが
一作目を書いた時点では、女性を絡ませることに若干不安もありました。
少し出張ってしまった感もあるものの
良いイメージで終わらせることが出来て、良かったです。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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