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朝凪(3/3)

熱い息を引き摺りながら離れた唇が、首筋に滑る。
後頭部を掴む手が、抵抗を拒む。
彼の舌が耳の後ろを掠めることで与えられる、痺れるような甘い刺激。
くすぐったいだけではない官能が得体の知れない感覚を身体中に走らせた。
俺の頬の震えを感じたのか、その動きが徐々に大胆になる。

「なお、き・・・ちょっ、と」
言葉を発することが出来たのは、もう一方の手が上半身を弄る段になってからだった。
揺れる吐息に応えるよう、彼の溜め息が耳に響く。
抱き締められた身体に、悲恋が沁みるようだった。


あの男に出会ったのは、本当に偶然だった。
既に家族を持ち、過去に住んでいた街に仕事で訪れた元恋人。
たまたま早めに家路についた彼を見かけ、声を掛けて来たのだそうだ。
カウンターに頬杖を突きながら、俺と目を合わせること無く、彼は言う。
「青柳さんは・・・昔の女、簡単に忘れられますか?」

男は "名前を付けて保存"、女は "上書き保存"。
過去の恋愛に対して持つ感情の男女差を、そんな風に例える話を聞く。
今まで付き合ってきた女なんて、数えるほどしかいないけれど
やっぱり、不意に思い出して、過去と比べてしまったりすることは確かにある。
引き摺る方でも無い、かといって、すっぱり忘れられる訳でも無い。

「昔に戻れれば、正直、そう思う時もあります」
俺は、まだ、あの男に負けている。
伏し目がちな表情に、その状況を突き付けられた気分になった。
「・・・俺のこと、何か、言った?」
「一応・・・想いを寄せてる、相手は、いると」

どうしてなんだ。
悔しさが、顔を引きつらせる。
俯く顔に手を寄せ、こちらを向かせた。
「俺は、お前の気持ち、受け止めてるつもりなのに」
細く歪む眼に、感情が溢れそうになる。
「忘れろなんて言わない。でも、俺はどうしたら良い?」
小刻みに揺れる唇から、答えは出ない。
この至福の時は、見せかけだったんだろうか。
俺だけが一人、舞い上がっていただけなのか。


彼の元に歩み寄り、腕を引く。
ベッドの方へ身体を追いやるように、その肩を強めに小突いた。
「ヤったら、変わんの?」
ネクタイを緩めながら、彼の顔を真っ直ぐに見つめる。
辛うじて視線を受け止める怯えた顔が、左右に揺れる。
「だから、キスして来たんだろ?続きがしたいんだろ?」
放り投げたネクタイがベッドに歪んだ曲線を描く。
「・・・違います、そうじゃない。僕は・・・」
「じゃあ、どうして欲しいんだよ?!はっきり言えよ!」
感情の爆発が、彼の身体と表情を固まらせた。
「俺はこんなに本気なのに、離れていってんのはお前だろ?」

目の前のうなだれた頭を引き寄せ、唇を重ねる。
鼻の頭に彼の頬の感触を感じながら、何度も、繰り返す。
「頼むから、俺のこと、好きだって・・・言ってくれ」
傍にいて欲しい。
互いに支え合う存在になりたい。
心を溶け合わせたい。
色々な願望を包含する、抽象的すぎる一言を、彼の口から聞きたかった。
頬に唇を寄せ、首筋に頭を沈める。
密着した身体に彼の息遣いと囁く声が響いた。
「好きです・・・好きです。・・・言葉じゃ、足りないくらい」
腰に添えられた彼の手が、背筋を撫でる。
「だけど、怖い。言い表せない程、不安で、堪らない」

男が男を好きになる。
彼にとっては自然なこと、俺にとっては不自然だったこと。
手を広げて待っているのに、未だ彼を苦しめているのは、その秩序。
でも、どんなことだって、初めは不自然なもので、時間の経過が自然なものに変えていく。
何より、俺自身がそれを強く実感している。
「俺だって、同じくらい、好きなんだよ。同じくらい、怖いんだ」
首を絡めるように、彼の唇が俺のうなじをなぞる。
「隙間は、埋められますか?・・・一つに、なれますか?」
彼の望みに一瞬冷えた心が、首筋を滑る吐息の熱に溶かされた。
「・・・なれるさ」


悦びに歪む顔、熱く激しく波打つ身体。
飲み込まれる恐怖も、迎え入れる期待も、快楽と共に混ざり合う。
彼と過ごす初めての倒錯した時間を、自らの心に刻み込む。
一つになれる。
カーテンの隙間から射す陽に照らされた表情が、それを確信させてくれた。


事務機器の展示会にヘルプで呼ばれた日の夕方。
「今日、早めに直帰出来そうなんだけど、飯でもどう?」
「ええ、良いですよ」
「7時には駅に着くと思うから」
「やっぱ、彼女なんじゃないですか?」
電話を閉じると同時に背後から掛けられた声に、思わず表情を整える。
覗き込むように窺ってくる後輩は、好奇心剥き出しの顔をしていた。
「・・・だったら、何だよ」
「マジですか?」
「そんなにおかしいのか?」
「だって・・・」
「だってじゃねぇよ。じゃ、お先」

闇に浮かぶ背後の彼の姿に心が癒されること。
隣に笑顔の彼が座っていること。
歪んだ視界の中の彼と唇を重ね合わせること。
一つ一つが、俺の中でゆっくりと自然なものになっていく。
「おはよう」
「おはようございます」
甘い期待に削り出された心と心が嵌る喜びを噛み締めながら、今日も一日が始まる。

□ 13_融化 □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■
□ 61_朝凪 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■
□ 67_車窓 □
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■ 8 ■   ■ 9 ■
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融化と言う意味

男は"名前を付けて保存"
女は"上書き保存"
なるほど、納得です。

離婚した元妻の名前が刻まれているそろばんを職場で使っていた人が居ました。
そろばんでも電卓でも、新しいのを買えば良いのにと思いましたが。女性陣は皆、呆れていました。

ところで、私はネット小説のdNoVeLsってところで、エッセイ紛いの言葉遊びを始めました。一作目は『コロンブスの卵』。
まべちがわさんみたいに上手に書けないので、あくまで気晴らし。でも、懺悔室のつもりでもあるので、会員以外非公開にしてます。

この話、「融化」と言う言葉の意味と最終話で繋がった感じです。
かなり踏み込んだ感情の動きが斬新に感じました。
本当に小説が上手い!と、思います。

まぶしい存在

初めて読んだ時、文章からくる圧を感じるというか、迫力に押されるというか、すごいな、と思いました。
気合いを入れて何度も読み返すと、青柳さんが、まぶしくて。
私には尚紀さんの期待や不安は身近に感じます。一歩踏み出せない気持ちも。
だけど青柳さんは、まっすぐ。嫉妬に駆られたとはいえ、邪まなところが無い。不安はあっても前に進めるんですよね。
ただ強いというのではなくて、自分の気持ちに素直、正直であることが強さになるのかな。
不安を蹴飛ばして、不自然を自然にする努力をしてみたいと感じました。
同僚にムキになってるところもアツくていいな。
私には、青柳さんもまべちがわさんの文章もキラキラまぶしく感じます。

凪を待ち侘びて。

>夜来香さま。

恋心、と一言で言っても、感情は凪ぐことも、白波を立てることもあり
その変化を如何に楽しむかが、恋愛の醍醐味なんじゃないかと思っています。
一つになった後の余韻を、凪として表現できればと
あまり今までには書いてこなかった展開にしてみましたが、如何でしたでしょうか。

多忙な毎日が続き、気持ちにも余裕が無い状態です。
少し落ち着いたら、こっそりと貴女の文章を覗かせて頂こうと思います。

些細な目標。

>みんとさま。

人間、誰しも不安や孤独や諦めといった感情を抱えて生きています。
それでも、自分の進むべき道が見えている、進む為に努力する人には
特に、後ろ向きな思考が得意な私のような人間は、羨ましささえ感じます。

眩しい文章、素敵な褒め言葉をありがとうございました。
とりあえずは、このblogを細々とでも続けることで、ご期待に応えられればと思います。

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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