Blog TOP


融化(5/6)

「ちょっと」
彼の腕を取りホームへ出て、ドアの側の柱を背に立つ。
相変わらず彼の顔には困惑が浮かんでいる。
「あなたの気持ちを、聞かせてくれませんか」
俯き加減の彼に、質問を投げかけた。
残酷だろうか、それでも、彼の口から答が欲しかった。

時間だけが過ぎていく。
こんな場所で聞くことじゃ無いかも知れない。
オレは焦り過ぎているのかも知れない。
そうこうしている内に、運転再開のアナウンスがホームに響く。
彼は、俯いたままだった。
自分の名刺を取り出し、彼の胸ポケットに差し込む。
「携帯の番号も書いてあります」
それだけ言って、オレは先に電車に乗り込んだ。

ドアが閉まる。
窓の向こうには、柱に寄りかかり、名刺を眺める彼がいた。
そう言えば、会社に電話するのを忘れていた。
そんなことを考えている内に、車窓は闇に包まれる。


幸運なことに、その日の仕事は激務だった。
集金に営業に、機器メンテの応援。
余計なことを考える暇もなく、夕方の地域別ミーティングの時には疲労困憊だった。
「随分疲れた顔してんなぁ」
同僚にそう声をかけられる。
「ああ、朝から災難だったし・・・」
急に彼のことを思い出す。
何気なく携帯をチェックするが、知らない番号からの着信は無かった。
名刺を渡してしまったことに、妙な不安を覚える。
彼からの電話が無いことに、オレは、耐えられるだろうか。

落ち着かなくなってしまった気分を抑えながら、見積り依頼などの雑務をこなす。
気が付くと、時計は8時を回っている。
そろそろ頭も回らなくなってきた、と自分に言い訳をして、席を立った。

いつものように混雑した車内では、薄いまどろみに包まれる。
夕飯を食べる気にもならないくらい、疲れていた。
駅前で一服して、さっさと帰ろう、ぼんやりとそう考える。

大きな公園の片隅に設置された喫煙所。
薄暗い木立と行きかう人を眺めながら、ゆっくりと煙を吐き出す。
少し肌寒い風が吹く中、何となく気分が落ち着いてくる。
その時、不意に携帯が震えだす。
表示されている知らない番号に、身体が強張った。


「・・・瀬戸と申します」
電話の主は、そう名乗った。
瀬戸さんのご主人だから当たり前だ。
そんなことに気が付くのに時間を要するくらい、オレはうろたえていた。
「あ、お疲れ様です。・・・青柳です」
「今、大丈夫でしょうか?」
電波が良くないのもあったけれど、お互い、会話はぎこちなかった。
「朝は、すみませんでした。ちょっと、動揺してまして・・・」
「いえ、こちらこそ、突然すみませんでした。・・・まだお仕事ですか?」
「これから帰るところです」
「でしたら、少しお会いできませんか?」
彼からの返答には、少しの間があった。
「・・・分かりました」
本意ではないのかも知れない、そんな邪推をしてしまう。
初めてまともに話をする機会を得たのに、不安と期待で、煙草を持つ手が震えた。

彼が喫煙所に現れたのは、それから30分ほど経ってからだった。
軽く会釈をしてから、その場を離れ、公園のベンチに腰をかける。
「お疲れのところ、すみません」
彼は、軽くはにかんで、首を横に振る。
何から話そうかと迷いあぐねていると、先に彼が口を開いた。
「私の気持ちを・・・聞きたいということですよね」
「そうです」
「私が・・・」
そこまで言って、彼は言葉を飲み込む。
自分のマイノリティな一面を口に出すのは憚れるのだろうか。
「・・・知ってます」
「あなたは・・・違うでしょう?」
「違います」
「なら、何故」
いたたまれなくなったのか、彼は目を伏せた。

「先にアプローチしてきたのは、あなたですよ?」
「あれは・・・つい・・・」
「でも、オレのことは受け入れてくれませんよね」
軽く唇を噛む顔が、電灯の光に照らされている。
「踏み込んだのは、間違いだったと・・・あなたにも、迷惑を」
「オレは、態度で示したつもりですけど」
小さくため息をつく音が聞こえた。

同性愛者と異性愛者は、互いに受け入れられないものなんだろうか。
彼が求めているものと、オレが差し出しているものが違うんだろうか。
人の感情の複雑さを、改めて思い知る。
「あなたは、オレのこと、どう思ってますか?」

□ 13_融化 □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■     
□ 61_朝凪 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■
□ 67_車窓 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■      
>>> 小説一覧 <<<

コメント

非公開コメント

こんばんは。『融化』『朝凪』ワールドにはまってます。
尚紀君は、なぜ最初にアプローチしたのか?は私も知りたかった謎ですが「あれは、つい」と言っただけで、ちゃんと答えてくれませんでした。
最初の大胆な態度とは、まるで別人です。
私、ちょっと思ったのですが、尚紀君は最初、青柳さんを同種類の人間だと勘違いしたのではないでしょうか。
同じ性癖の人間は見ればわかると言いますが、私はそうは思いません。外れる事もあります。だけど、じっと見た時に「なんだよ、見んなよ」って顔されれば、明らかに違いますが、そうではなく、見返されたら?
青柳さんはいつも同じ電車で顔を合わす人達を、同志みたいだと思っていたみたいだし、なんか尚紀君が勘違いする要素があったのではないかしら。
もしそうなら尚紀君の豹変ぶりも分かるし、「つい」としか言えない気持ちも分かります。貴方を同性愛者だと思ってましたなんて、口がさけても言えません。特に青柳さんみたいな真っすぐな人には。
違います?考え過ぎ?

痴漢の心理。

答を出さないことを「Yes」という反応だとみなすことは少なくないと思います。
抵抗しないことも、また然りなのかな、とも思います。

ちょっと誤解を生んでしまう言い方かも知れませんが
痴漢の心理にも、似たような部分があると考えています。
「触られるの、嫌いじゃないんじゃないの?」
嫌がっていることを伝えなければ
浅ましい性欲がそんな思考を生むこともあります。

性描写はありませんが
多くの話には、少なからず性的な一面を裏に持たせて書いています。
歪んだ裏話で、申し訳ありません…。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR