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車窓(4/9)

「青柳さんって、言うそうよ」
昼食後、結婚式場のコーディネートの打合せに出かけた恋人のいない部屋で
妻は、コーヒーを飲みながら俺を見た。
「え?」
「尚紀君が、見てた人」
「何で・・・」
「ウチの会社に来てくれる、営業さんだったの。私も、この間初めて会ったんだけど」
俺が知る由もない人柄を、彼女は教えてくれる。
誠実そうで、でも、ちょっと弱気な感じ。
多分、歳は俺と同じくらい。
曖昧な相槌を打ちながら、その面影を追いかける。
彼のことを知れば知るほど、罪悪感が心を蝕んだ。

「でも、焦っちゃダメ」
その言葉は、まるで俺の心を見透かしているようだった。
「彼は、尚紀君とは、違うと思うから」
「・・・分かるの?」
「男の人ってね、何て言うか・・・値踏みする、みたいな目をする時がある」
要するに、それは、彼の興味が女に向いているということなんだろう。
いよいよ確信を得たらしい彼女は、目を逸らした俺に、諭すように言った。
「だから、あんまり、急がないで」

その進言は、後悔を膨らませるだけだった。
性急な行為を恨むほど、足元の過去に目が向かう。
自分が生きてきた証。
俺にとって、それは、去って行った彼になるのだと思っていた。
もう、何も無い。
逃げ出したい、こんな人生から。


あんなに焦がれていた姿を見ないで済むことにホッとしているのは、希望が潰えた証拠なのか。
出張明けのある朝。
灰色の空の元、色彩を失いかけている日常の風景に視線を泳がせる。
少しだけ音量を高くしていたからか、その存在に気が付いたのは、電車が入ってくる直前だった。
息が止まるほどの緊張感が全身を包む。
折角、断ち切れると思っていたのに。

窓を見ることは出来なかった。
体勢を変えるには難しいほど混雑した車内で、彼の感触を避けるよう、もがき続ける。

耐えられない、そう思ったのは、その手が俺の手を捕えた時だった。
偶発的ではない、意図的な行動だったことは、確かだった。
窓に映る男と目が合う。
何かを窺うような表情を浮かべながら、彼は自身の手に力を籠める。
試されている、そんな気がした。
俺が彼にした行為を、分からせようとしているのかも知れない。
普通の男なら、どんな気分を味わわされるのか。
どれだけ、不快で不可解な行動なのか。

動揺で強張った身体を引き摺るように、車両から降りる。
落ち着かない心を宥めながら、必死で改札を目指した。
去って行く電車が巻き起こす風がホームを抜ける頃、やっと動悸が収まってくる。
そこには、恋愛に怖気づいた自分だけが残されていた。


逃げたい、でも、逃げられない。
嫌われたくない、でも、ここで終わるのなら、せめて、彼が何を考えているのか知りたい。
幾ら考えても、結論は出なかった。
不毛な考えが頭を巡っても、同じ朝はやってくる。
どうしたら良いのか、どうしたいのか、迷いの中で、俺は彼を待った。

階段を上がってくる彼に、目を向ける。
その表情には、何かしらの覚悟が見えた気がした。
「・・・どういう、ことですか」
軽く見上げられる視線を受け止めないように、問いかける。
「何がですか?」
「どうして・・・」
問いただすには、知らな過ぎた。
俺と彼の間には、互いの想定しかない。
想定に想定を重ねても、溝は埋まらない。

「態度で示せ、そう言ったのは、あなたですよ」
入線してくる電車の風に煽られながら、彼は言った。
視線を車両に移し、俺の背中に手を添える。
「・・・そうでしょう?」


人間関係は、感情の探り合いの連続。
それが楽しいのだと、誰かに言われたことがある。
あの日から、彼の行動は積極性を増していった。
手を取られ、身体が僅かに触れ合う。
闇が走る窓には、俺に視線を向け続ける彼が映っている。
けれど、そこに、彼の行動の示す意図は、映っていなかった。
緊張と不安の中での探り合いは、心を徐々に疲弊させていく。

□ 13_融化 □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■
□ 61_朝凪 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■
□ 67_車窓 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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