Blog TOP


融化(1/6)

朝8時5分。
オレは同じ電車に乗り、会社へ向かう。
地上の駅を出ると川を渡り、地下に入ってから2、3分で次の駅へ着く。

この路線はちょっと変わっていて、駅ごとに降りる方向が変わる。
乗る駅は左側のドアが開き、次の駅は右側。
しばらく右側が続き、オレが降りる駅とその前の駅は左側が開く。
だから、電車が着いてすぐに乗ってしまうと、降りられない羽目になることもある。
それを見越して、駆け込みにならないタイミングで、最後の方に乗るのが日課になっている。

当然のことながら、毎日出会う面子の顔も覚えてくる。
ワンセグで録画したTVを見ている年配の男性。
下を向いて、延々携帯を弄る学生さん。
音楽を聴きながら、ぼんやり中吊りを眺める女性。
そして、オレと同じタイミングで電車に乗り込む、背の高いサラリーマン。
オレもそれほど背が低い方では無いけれど、彼は頭半分くらい抜け出ているから
恐らく190cm近くあるんじゃないかと思う。
後ろに立たれると、僅かに圧迫感を感じるほどだ。

彼は、オレが降りる前の駅で降りていく。
それまでの時間、同じ方向を向いて、窓の外の闇を見つめる。
何処の誰かも知らないし、目を合わせることも無いし、言葉を交わすことも無い。
ただ、毎日毎日顔をつき合わせて、時間を共有していると、不思議な連帯感を持ってくる。


うちの会社は法人相手の事務機器セールス会社。
営業はもちろん、機器の修理から集金までこなさなくてはならない中で
担当を持つようになって2年。
勢いだけで、何とか続けられている。
個人単位のノルマが無いのが、唯一の救いかも知れない。

朝マックのセットを食べながら、自分のデスクでメールをチェックする。
オレがこの仕事に就くようになって、初めて大口の契約を結んでくれた会社から
『消耗品リストのご送付』と言うメールが届いていた。
ExcelをPDFにしたファイルが添付されていて
その会社がいつも発注してくる消耗品のリストの脇には
うちで取り扱っている価格と、ライバル会社が提示してきたと言う価格が入っている。
価格の差は、小さいものでは1円、2円。
要するに、消耗品の価格の値切りだ。
この金額が、お客さんが言う "営業努力" なんだろう。
メールの最後には、ご確認されましたら瀬戸までご連絡下さい、と書かれていた。
気が重い、なんてことは、言っていられない。

「お電話替わりました、瀬戸です」
電話に出たのは、落ち着いた声の女性だった。
この会社へ行った時には、毎度ニコニコした社長さんが出迎えてくれたから
彼女と話をするのは初めてだった。
「昨日頂いた、消耗品の件なんですが」
「ああ、すみません、お手間を取らせてしまいまして」

瀬戸さんが言うには、うちのライバル会社が営業攻勢をかけてきているらしく
コピー機やプリンタ、その他の保守も含めて一括で契約して欲しいと言われているそうだ。
その際、消耗品について提示されたのが、このリストらしい。
「私としては、今まで通り青柳さんのところでお願いしたいんですけど」
このご時世、1円でも安くと言うのは何処の経営者でも考えることだ。
「その為の、説得材料が欲しいんですよね」
どうやらこれは、彼女の独断で送って来たものらしい。
「何とか・・・お願いできませんか?」
「ちょっと、上と相談させて下さい」
消耗品の値段は、客先ごとに異なる。
ただ、担当の一存では決められない。
会社での稟議書も必要だ。
「来週明けくらいには、直接お伺いさせて頂きますので」
「ええ、良いお返事を期待してます」


夜、駅前のスーパーで適当な夕食を買い、近くの喫煙所で一服していた時。
知った顔が向こうからやって来るのに気が付いた。
朝に一緒になる、背の高い彼だった。
女性と二人で歩いている。
左手に指輪をしているのは見たことがあったから、きっと奥さんだろう。

ふと、彼と目が合う。
電車の外で会うのは初めてだったから、何処と無く居心地が悪い。
別に、会釈をするような仲でもない。
それなのに、彼の視線はオレから離れなかった。
隣の女性が不思議に思ったのか、何か話しかけ、視線は途切れる。
煙草を一服し、去って行く彼の背中に再び目をやると
不意に彼は振り向き、意味深な笑みを浮かべた。
その表情に、思わず動揺してしまう。
彼の不自然な視線と笑みが、何故か心に引っかかった。

□ 13_融化 □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■
□ 61_朝凪 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■
□ 67_車窓 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■
>>> 小説一覧 <<<

コメント

非公開コメント

Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR