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車窓(8/9)

「ただいま~」
玄関から聞こえる甲高い、けれど疲れた声。
「おかえり。遅かったんじゃない?」
「ん、ちょっとね」
「何か、ご飯作る?」
「ううん、だいじょーぶ」
相変わらず派手な化粧の彼女は、俺の向かいの椅子に座り、意味ありげな笑みを見せる。
「青柳クンも、そ~んな浮かない顔してた」
「え?」
「何ぃ?何か、ケンカでもしちゃった訳?」
「美緒、青柳さんと一緒だったの?」
「駅出たところで偶然会ったから、ご飯でもどうって誘っちゃった」
「何で、そんなこと・・・」
「おやぁ・・・妬いちゃった?」
鬱陶しい口調にイラつきながらも、否定する気持ちが大きくならない。
彼が多少なりの下心を持つことは当たり前だし、仕方が無いことも知っている。
俺に羨む資格なんか無いんじゃないか、何処かでそんな風に思っていた。

「でもねぇ、一つだけ、すっごい収穫があったの」
妻が入れた紅茶を飲みながら、彼女はゴテゴテした爪先を俺に向ける。
「・・・収穫?」
「青柳クンはねぇ、凄く真面目に、尚紀クンのこと、想ってる」
「どうして・・・」
「そんなの、長々惚気話聞かされてれば分かるよ」
呆れたように笑った彼女の眼は、瞬間、好奇心だけではない何かを帯びて、俺を刺す。
「悩んでるのはね、尚紀クンだけじゃ、無いってこと」


待ち合わせていた駅に現れた、スーツ姿の彼。
少し遅れたことを詫びる言葉を口にする彼を横に、夕食代わりの居酒屋に向かう。
今まで話してこなかった過去を手繰られることは、覚悟の上だった。
その結果、揺れる想いを探られても、仕方ないと思っていた。

互いを想う気持ちが深いほど、困難の山は高くなり、迷いの幅が大きくなる。
同じ時を過ごすことが出来るだけでも、幸せであることには変わりない。
平坦な幸せに満足出来ない自分がもどかしい。
彼は、何を考えているのだろう。
俺は、何を望んでいるのだろう。
その想いが一つになる時は、いつ来るのだろう。

店の外には、幾分季節を外した風が吹いていた。
明日も会える、それなのに、別れの雰囲気が切なく心に影を落とす。
危惧していた話題に触れられること無く過ぎた時間。
いつか聞かれることを恐れているより、自ら話してしまった方が、気が楽になるのかも知れない。
もう少し、そう口にしようとした瞬間、彼が振り向いた。
「時間があれば・・・少し、俺の家で、飲み直さない?」
愁いを帯びたその眼に、覚悟を決めて、頷いた。


彼の家へ行くのは初めてだった。
単身者用のマンションであろうその部屋は、意外な程に整頓されている。
「適当に座ってて」
そう言って彼が示したカウンターの椅子に腰を下ろす。
冷蔵庫から缶ビールを取り出す彼の姿を見ながら、言い知れない緊張が肩を震わせた。

「・・・彼に、会ったそうですね」
俺が発した一言に、彼は足を組み直す。
恐らく、話を切り出されることを待っていたのだろう。
「見かけたぐらいだよ。駅で、ね。直接話した訳じゃないし」
口調は、冷静だったように思えた。
「そうですか」
「でも」
声色に、微妙な感情が被る。
「・・・その前にも、見た」

それがいつのことなのか、推測が過ると共に顔を上げ、彼を見た。
細くなった彼の視線は、まるで俺を断罪するようだった。
「ごめん・・・あの時、外から見てた」
不信感を纏う声が、耳から離れない。
何から話せば良い?
どうすれば、彼に、理解して貰える?
ビールを一口煽った彼は、俺の戸惑いに追い打ちをかける。
「尚紀は、あの男と、ヨリ戻したいと思ってるの?・・・オレじゃなくて」

雑多な感情は、入り混じっても闇しか残さない。
でも、目の前の存在は、その中に一筋の光を射し込む。
見失っちゃいけない、ただ一つのもの。

立ち上がった俺を見上げる彼の表情には、幾ばくかの警戒感が見て取れた。
その頭を抱えるように腕を伸ばし、吐息を感じる距離まで引き寄せる。
真っ直ぐ前だけを見据えて視線を交わしたのは、初めてだったのかも知れない。
違う、そうじゃない。
俺は、彼だけを、心に留めておきたい。
そう思いながら、彼と唇を重ねた。

□ 13_融化 □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■
□ 61_朝凪 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■
□ 67_車窓 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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