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朝凪(1/3)

闇が、背後の彼を仄かに映す。
甘い不安は、いつしか日常になり、心の中に溶けていく。
あれから3ヶ月あまり。
彼との関係はさほどの変化を見せることなく、相変わらずの日常が続いていた。

「おはよう」
「おはようございます」
一日の始まりを感じさせてくれる笑顔と声。
俺よりも一つ年下の彼との会話は未だ敬語の状態で
それは彼の性格なのか、まだ二人の関係が曖昧なせいなのかは分からない。
けれど、ホンの少しずつ解けていく言葉の一句一句が耳に届く度に
何となくその距離が縮まるようで嬉しかった。

同性愛者である彼と、そうではない俺。
この短い間、今まで考えたこともなかったことに思案を巡らせる時間が多かった。
複雑な感情への葛藤。
将来への不安。
そして、人を愛することの意味。
誰に答えを求めている訳ではないし、一朝一夕に答えが出るものではないことも知っている。
「あなたには、先が見えないでしょうから」
切なげな表情でそう呟いた彼の言葉は全くもって間違っておらず
それを落ち着かせる為に、俺は知らず知らず、思考を働かせているのかも知れない。

何故、男は女と恋に落ち、男同士では成り立たないのか。
本能だから、真理だから。
そう結論づけるには、あまりに無慈悲な恋心。


季節が巡り、街に秋の気配を感じ始めたある日。
一通りの精算も終わり、展示会に向けての販促資料を作っていた時、不意に携帯が震え出した。
時間は夜の7時前、携帯のディスプレイには尚紀と言う名前。
「お疲れ様です。瀬戸です」
少し疲れた様子を見せる優しい声に、心が癒される。

建築関係の環境評価会社に勤めている彼と、平日の夜に顔を合わせる機会はあまり無い。
互いに残業も多く、都合を合わせることが逆にプレッシャーにもなるから
どちらからともなく約束はしないことにしていた。
「珍しいね。どうしたの?」
「今日は直帰で、彼女もいないんで・・・。青柳さんが良ければ飯でもと思って」

彼らの生活スタイルは、俺からすると多少奇妙に見える。
彼には妻がおり、その妻には女の恋人がいる。
法的には夫婦でも夫婦生活の実態は無く、妻は同じマンションの別の部屋に恋人と住んでいるのだそうだ。
ただ、食事は妻と一緒にと決めているらしい。
新作料理の毒味をさせられていると彼は笑っていたが
何処かに抱える不安や寂しさを、その時間で和らげているのかも知れない。

「構わないよ。8時過ぎぐらいになるけど、良いかな?」
「分かりました。じゃあ、その辺で時間潰してますね」
パソコンの画面には作りかけの資料が映っている。
上書き保存をして、電源を落とす。
無意識の内に、喜びが顔に出ていたのか。
向かいの席にいた後輩が、意味ありげな顔で尋ねてきた。
「青柳さん、彼女ですか?」

何でもない質問に、度肝を抜かれた気分になった。
「いや・・・友達だよ」
返した言葉に、後ろめたさが募る。
けれど、恋人、とは言えない。
二人で育もうとしている感情を公に出来ない辛さ。
こういうことなんだ、そう改めて思い知らされるようだった。


待ち合わせ場所にしていたコーヒー屋の前に着いたのは、8時を少し回った位だった。
窓際のカウンター席に座った彼の姿を認める。
しかし、背の高い彼の影には、もう一人の男の姿。
俺や彼よりも、幾分年上に見えるその男は、穏やかな眼差しを彼に向けていた。
話に夢中になっているのか、俺に気がついた様子は無かった。

普通なら、友達とか同僚とか、そんな関係性に落ち着くところなのに
困惑が混ざる彼の笑顔が、つまらない勘繰りを誘う。
有り得ない、けれど俺の心の中に確実に拡がり始めている感情がもたらす嫉妬か
一向に関係を進められないことに対する申し訳無さなのか。
彼とあの男を結ぶ線が何なのかを考えると、頭の中が混乱してくるようで、落ち着かない。

「ごめん、急に仕事が入って」
電話から聞こえて来る彼の口調が、明らかに暗くなる。
それが逆に、ざわついた気持ちを静めてくれた。
「今度、埋め合わせするから。ホント、申し訳ない」

□ 13_融化 □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■
□ 61_朝凪 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■
□ 67_車窓 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■
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コメント

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日常生活に嫉妬のスパイス

続編を執筆して頂き、ありがとうございます。

ご自分では謙遜されていますが、あなたは一作目から読者を惹き付ける小説を書かれていました。
天分のある人が更なる向上を目指して、努力する。そういう人を世間ではなんと呼ぶか…。今はまだ修行中だとご自分で仰っていますから、敢えて言葉には出しませんが。

今、上映中のイースト/ウッド監督の最新作は、ディカ/プリオ主演で、FBI長官として半世紀近く君臨していた人物の人生。『J・エドガー』。フーヴァーと言った方が有名ですが、監督はわざとこういう題名にしたと思います。
腹心の部下である副長官の男性との生涯続く同性愛も、重要視されて描かれているそうです。
この映画を観ようと思っていますが、新聞の批評を読んだ娘が、自分も行くと言ってきかない(汗)。

人目を憚る関係はストレスも大きい替わりに、背徳の興奮がもたらす喜びも大きいと思うんですね。
青柳と瀬戸には苦悩と背中合わせの歓喜が訪れるんでしょうか…。
嫉妬が触媒の働きをするのか否か!?『朝凪』という題名。いつもながら、上手いネーミングですね!

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忍ぶほどにすれ違う。

急に多忙になり、コメントをお返しするのが遅くなりました。
一週間で一文字も書けなかったのは、久しぶりです。

先日、見せつけるカップルの話があったかと思います。
彼らの関係は、逆に、忍ぶほどに深まるものではないか。
ただ、それだけに些細なすれ違いも多く生じるような気がする。
そんなことを考えながら、今回の話を書きました。

続き物の醍醐味を、楽しんで頂ければと思います。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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