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車窓(6/9)

時計は夜の9時を目指して、ゆっくりと歩みを進めている。
誰もいない社内で、一人資料をめくっていた。
自分を取り戻そうと、少し、意固地になっていたのかも知れない。
思いっきり背筋を伸ばし、大きく息を吐いた時、手に入れた一つのきっかけを思い出す。

全てを謝罪し、全てを無かったことにする。
気持ちを聞きたいと言った彼の本意は未だに分からなかったけれど
それが、最も自分が納得できる結論だった。
携帯を手にして、番号を押していく。
震える息を抑えるように、発信ボタンに手をかけた。

コール音は、何回鳴っただろう。
「はい」
電話越しに聞こえてくる無機質な声に、身体が強張った。
「瀬戸、と申しますが」
「あ、お疲れ様です。青柳です」
相手の身元が明らかになったからか、その声に少し、明るさが混ざる。
それでも、ぎこちなさは否めなかった。

「少し、お会いできませんか」
既に帰宅の途についていた彼は、しばらくの会話の後、そう切り出してきた。
いつか傷つくのを恐れるよりも、傷を癒す孤独の方が、まだ耐えられる。
一人頷きながら、その提案に答えを返した。
「・・・分かりました」


ここに佇む彼を見かけたのは、それほど前のことではなかったと思う。
俺の姿を認めた彼は、持っていた煙草を大きな灰皿に入れ、近づいてくる。
会釈をし合い、促されるまま、隣接する公園に足を向けた。

「お疲れのところ、すみません」
「・・・いえ」
風が殆ど無い夜の空間。
想いを寄せる男を隣にして、躊躇いから背を押したのは、傷ついた自分の姿だった。
「私の気持ちを、聞きたいと、言うことですよね」
「そうです」
「私が・・・」
同性愛者であること、それを、彼は知っているはずだった。
「それは、知ってます」
そして、彼がそうではないであろうことも、俺は知っている。
「あなたは・・・違うでしょう?」
「・・・違います」
「なら、何故・・・」
無視しないのか、拒絶しないのか。
続けなきゃならない言葉が、出てこない。

「先にアプローチしてきたのは、あなたですよ」
下を向く俺とは対照的に、夜を真っ直ぐに見つめる彼。
「あれは、つい・・・」
「でも、オレのことは、受け入れてくれませんよね」
「踏み込んだのは、間違いだったと、反省してます。あなたにも、迷惑を・・・」
「オレは・・・態度で、示したつもり、ですけど」
落ち着いた口調が、ますます混乱を深くする。
全てを否定される前に逃げられれば良いと思うのは、甘いのかも知れない。
「あなたは・・・オレのこと、どう思ってますか?」


また、あの視線を受け止めなければならない。
畏怖の混ざる嫌悪の眼。
車窓越しに見えた、困惑の表情。
俺自身、未だに違和感が拭えない感情を晒したところで、誰も得はしないのに。

顔を上げた先には、見慣れた光景が広がっていた。
「・・・好きです」
誰にともなく、そう、呟いた。

すぐ近くにいる男の呼吸の乱れが、木々のさざめきに溶けていく。
「でも、あなたが受け入れきれないことは、分かっているんです」
強張る彼の顔を捉えながら、その手を振り払おうと必死だった。
「あなたには・・・先が、見えないでしょうから」
つまらない好奇心で火傷を負う彼の姿は、見たくない。
言葉に詰まる彼に、畳み掛ける。
「仮に、あなたと付き合ったとして・・・いずれ、私は、あなたに色々なことを求めてしまうでしょう」
一息ついて、無理矢理、微笑んだ。
「そんな望みを抱いている私と・・・一緒に、いられますか?」

これで良い、そう思った。
戸惑いの表情を浮かべながら息を飲んだ彼は、想像し難い世界を思い描いているのかも知れない。
それなのに。
「今のオレには・・・これが、精一杯です」
言葉と共に乗せられる、彼の手。
その手が俺の手を覆うほど、身体の震えが抑えきれなくなっていく。
「気持ちが混ざり合うまでには、まだ、時間がかかると思います」
視界に入り込む彼の表情から、戸惑いが消える。
「それでも、良いと、言ってくれませんか」

澱んでいた想いが、彼の声で俄かに流れ始める。
螺旋を描きながら混ざらんとする様が、微かに見えたような気がした。
組んでいた手を解き、彼の掌を受け入れる。
焦らないで、そう言った妻の言葉が、頭を過った。
「本当に・・・」
震える声に、彼は指を絡めて答える。
やがて握り締められた手が、心を動かした。
「分かりました。・・・信じて、待ちます」

□ 13_融化 □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■
□ 61_朝凪 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■
□ 67_車窓 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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