Blog TOP


結論★(14/14)

月曜日の夕方近く、部下たちがすっかり出払ってしまった部署内に困惑気味の三上さんの声が響く。
「斎藤さん、K建設の鈴木さんという方からお電話が入ってるんですが・・・」
「K建設って、ゼネコンの?」
「恐らく」
「ウチと取引あったっけ・・・しかもゼネコンだったら2Gの担当だよね」
「ええ、そうお答えしたんですが、以前、斎藤さんにお世話になったとかで」
かの会社は、全国でも上位に立つ建設会社。
しかも随分前から、自動制御の仕事はM電装一社独占の状態が続いていた。
元々ゼネコンの顧客は担当していなかった為、そちらの方に伝手は無い。
昔担当した客が転職したことも考えられるが
蓄積された名刺の中に十数枚あるであろう鈴木という苗字だけでは、顔を思い出すこともできない。

「お電話替わりました、斎藤です」
「ご無沙汰ですねぇ。鈴木です。随分昔、O設計でお会いしたんですが、覚えておいでですか?」
「O設計さん、ですか・・・?」
「あの頃はまだ新人さんでしたかね、御社の・・・何て言ったかな、上司の方と一緒に」
場しのぎの問答を繰り返しながら、名刺入れを探り、遠い昔の記憶を引っ張り出す。
「そうそう、我孫子さんか」
期せずして聞こえてきた上司の名前で、ふとある情景が浮かんだ。
新人の頃、慣れない営業活動で緊張する俺に、柔和な笑顔を向けてくれた中年の男。
「ああ・・・長らくご無沙汰しておりました。今は、K建設さんに?」
「5年前くらいですか、こちらに移りまして」
直接の担当ではなかったし、展示会やセミナーで数回顔を合わせただけなのに
何故、突然、しかも俺に連絡をしてきたのか。
そんな訝しい思いは、先方が発した言葉で一気に解消された。
「実は、自動制御の設計を受けてくれるメーカーさんを探していましてね」

『斎藤さんには朗報かな?』
数か月前、馴染みの客が語った "噂" は、ほぼ事実だったのだろう。
察するに、M社とは袂を分かったようだ。
「野島君から、斎藤さんを薦められまして。まずはお話だけでもとご連絡しました」
酒の席ですら一度も口を滑らせなかった男に、見事にしてやられたらしい。
「急な話で申し訳ないんですが、今週中に、一度ご足労願えないかと」
何処のメーカーも狙っているであろう大きな牌を手に入れられるかも知れない、千載一遇のチャンス。
そして、最低の査定を返上できるかも知れない絶好の機会。
「もちろんです。是非とも、お伺いさせて頂きます」
降って湧いた勝機に、思わず胸が震えた。


「あはは。いやぁ、驚いたでしょう?」
その日の夜、電話の向こうで男は軽い笑い声を上げた。
「何事かと思いました。何にも言ってなかったじゃないですか」
「最近、ほら、あんまり元気なかったから。励まそうと思って」
「はぁ、それは嬉しいんですが・・・初め、誰か思い出せなくて、しどろもどろになっちゃいましたよ」

彼曰く、鈴木氏はつい最近、電気設備設計部の部長に昇進した。
その原因が、前部長とM電装との間の贈収賄疑惑。
前任が社内調査の終了を待たずに辞職した為、突然の抜擢となったとのことだ。
「鈴木さんもねぇ、大変みたい。生え抜き社員追い越して部長になっちゃったもんだから、周りがね」
確かに、K建設くらいの超大手の会社になれば、椅子取りゲームの熾烈さは容易に想像できる。
「棚ぼた部長とか言われてるって聞いて、あれ、誰かと似てるなぁ、って」
「ぼた餅の大きさが違いすぎるでしょう。それに、鈴木部長は実力だってあったんでしょうし・・・」
「でもね、誰にでも落ちてくる訳じゃあ、ないんですよ?」
「それは・・・」
「今までの苦労と努力があったからこそと、ボクは思いますけどね。身近な二人から推察するに」
この人の言葉は、いつだって前向きだ。
ただ単に悪運が強かっただけと思ってきた卑屈さが、ほんの少しだけ自信に変わる。
「・・・ありがとうございます、本当に」
「えぇっ、何ですか、急に改まって」
「いや、いろいろと助けられてるなぁと」
「お互い様じゃないですか。今度ボクが困った時は、宜しくお願いしますね」


建物の陰に設けられた臨時の喫煙所。
北側に位置している為に当然陽も当たらず、湾岸地域特有の潮風が全身を凍えさせる。
煙草に火を点け、灰色の海をぼんやり眺めていると、視界の隅に何か赤いものがちらつき始めた。
「斎藤さん、さっき野島さんがいらっしゃいましたよ」
派手な赤色のイベント用ジャンパーは殆どの社員から不評を買っているにもかかわらず、今年も変わらない。
そんな上着を羽織り、缶コーヒーをカイロ代わりに握り締めたあいつは、そう声をかけてくる。
「あれ?来るの明日だって言ってたような」
「何か、急に時間ができたからって」
「気まぐれだなぁ」

年明けすぐに開かれる設備関連機器の総合展示会は、会社の中でも特に力を入れているイベントで
営業を中心に、設計・開発の部署からも担当者を出し、新たな顧客獲得に精を出す。
今年の設計の担当は、浅野ともう一人のベテラン社員。
ちょうど物件がひと段落したからと彼は言っていたが
その実、部下の方から参加したいと志願してきたという話は、既に和賀から聞いていた。

「責任者がいないってどういうことだ、って笑ってました」
「来るって分かってれば丁重におもてなしするのに」
「また30分くらいしたら顔を出すって」
イベントの責任者は、毎年2Gの平川課長が受け持っていたものの
今年はK建設からの大型プロジェクトが入り、その対応に追われているということで、俺に白羽の矢が立った。


ふと顔を上げると、目の前の海に "2020" という数字と5つの輪がデザインされた船が横切っていく。
「もう、5年、いや4年後か」
「あっという間でしょうね」
「だろうなぁ」
「その頃、どうなってると思います?」
「何だよ、急に・・・」
「5年前、こんな風になってるなんて想像もつかなったけど、また5年経ったらどうなってるんだろうって」
あいつが口にしたちょっとした問で、現在と過去、未来に考えを巡らせた。

その時、不意に社用の携帯が数回振動を繰り返す。
「・・・野島さんだ。また、明日来るとさ」
「気まぐれですね」
画面に表示されている短いメールには、酒の席のお誘いが追記されている。
「今度は、例の店に連れてけって」
「前に住んでたとこの近く?引っ越したって、言ってないんですか?」
「言うタイミング、逃しちゃったんだよ」
「確か、駅前にも同じように焼酎ばっかり並べてる店があったと思いますけど」
「じゃ、そこにしておくか」

風が弱まったタイミングで、もう一本、箱から取り出した。
「そうだな。俺は、現状維持できれば良いわ」
「ええ・・・もっと志高く、いきましょうよ」
とはいえ、仕事でも、プライベートでも、多分、今が一番充実している。
4~5年後には現部長も定年を迎え、上の役職も大きく動くのだろうが、俺が入り込む余地はない。
課長に留まるか、平に降格されるか、左遷されるかなら、今の位置が当然ベストだ。
「お前は?」
「オレは・・・もっと経験を積んで、スキルを身につけたいかな」
「設計でやってく覚悟は、固まったか?」
「しばらくは、そうですね。ここで頑張りたい」
決意を胸にした男の表情は、この数ヶ月で目覚ましい成長を遂げたように見える。
歳を取るにつれ伸び代が減ってきた俺には、羨ましくも思えた。


俄かに増えてきた喫煙者に押されるよう、あいつがこちらへ距離を詰めてくる。
袖が触れ合った瞬間、顔を寄せ、小さく耳打ちした。
「俺は、お前さえいれば、後はどうなっても良いや」
強張った彼の眼が俺を凝視し、矢庭に頬が微かな赤みを帯びていく。
「何だよ、そのコーヒー、酒でも入ってんの?」
「・・・そういうこと、言うから」
「なんとなく言ってみたくなったんだよ」

もう、多くは望まない。
でも、決して手放さない。
二人で出した結論の行く先を、二人で見届ける。
それだけが、今の俺の望みだ。

□ 01_猶予 □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   
□ 100_結論★ □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■   ■ 10 ■   ■ 11 ■   ■ 12 ■   ■ 13 ■   ■ 14 ■
>>> 小説一覧 <<<

コメント

非公開コメント

No title

節目の100話目更新完了お疲れ様でした。

多くを望まない等身大の人生を歩んでいくことにも
困難や障壁が待っているものと思いますが、決して手放さないという
強い思いが乗り越える力になるのでしょうね。
根底にこの思いがあってこそ、共に人生を歩んでいくことができるのだと
最後の4行を読んで感じました。

定期更新はこれで最後とのことですが、
今後も新たなお話を読むことができれば幸いです。
ご自身のためにマイペースでゆっくりと創作に向かってくださればと思います。

またお会いできる日まで。

コメントを頂きましてありがとうございます。

ここ1、2年は更新も途切れがちになり、お待たせするばかりの状態でしたが
何とか100話まで辿り着くことが出来ました。
渾身の出来になったのかどうかはさておき
しばらくの店仕舞いに、それほど未練を感じることは無く済みそうです。

それでは、またお会いできる日を願いつつ。
これまでのご愛顧、本当にありがとうございました。

まべちがわさま、完結おめでとうございます。
働く男達の葛藤を描いたらピカイチですね、本当にハラハラし通しでした。悩んで苦しんだり苦しめたり、フィクションな筈なのに、読んでいて心配になってしまうほど入り込んでしまいました。結果前向きな「結論」がでてよかったです、2人で幸せになりそうですね。
100話、お疲れ様でした。楽しませていただきありがとうございました。

先は見えませんが。

コメント頂きましてありがとうございます。
お返事が遅くなり、申し訳ありません。

当面、最後になる、と望んで書いていた訳ではありませんが
ひとまず一区切りとなった話を楽しんで頂けたようで、幸いです。

次作が2か月後になるのか、半年後になるのか、今は私自身にも分かりませんが
またお時間を拝借できればと願っております。
本当にありがとうございました。

No title

100話、ご苦労様でした。

気が向いた時や、何かを発散したいと思われた時は、またエロ話での表現をお待ちしております。
新規の話は大変でしょうし、完結した話はそのままが無難でしょうが、中にはその後に繋がるような話があるようですので、気楽にスピンオフ的な短編話を期待しております。

本当にお疲れ様&ありがとうございました。

枯れ果てる前に

コメント頂きましてありがとうございました。
お返事が遅くなりまして、申し訳ございません。

最近、少しいろいろなものが枯れてきているようで
発散したいという衝動がなかなか湧いてきません。
枯れ果ててしまう前に、何らかの形にできれば良いのですが。

次の機会がございましたら、またお時間を拝借出来れば幸いです。
今まで本当にありがとうございました。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR