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結論★(11/14)

「もし、前の課長がああいう形で辞めていなかったら、グループ目標は達成できていたと思いますか?」
テーブルの向こうに座る人事部長は、苦々しい表情を崩すことなく尋ねてくる。
「いえ、この数字を達成することは難しかったと思います」
鶴岡がいれば、もしかしたら、クリアできていたのかも知れない。
けれど、そう答えてしまえば、自分が彼よりも劣っていると認めることになる。
「それは、何故ですか?」
「今期は部署全体で物件数が落ち込んでいましたし・・・」
「ですが、他のグループは概ね目標を達成できてますよ」
「私どもも、昨年までの成果と変わらない程度の数字は上げています」
「では、そもそもの数字が現実的ではなかったと?」
「・・・私は、そう考えています」
年配の男は眼鏡の向こうの目を細め、一つ息を吐いてから、手元の資料に何かを書き込む。
その間、隣に座る直属の上司は、俺と眼を合わせようともしない。

突然の辞令から3ヶ月余り。
それなりに努力もしたし、部下たちも頑張ってくれていた。
重苦しい空気の中、そのことを拠り所にひたすら口惜しさを飲み込み続ける。
「事情はどうあれ、酷い未達率であることは自覚できていますね?」
「重々承知しています」
「来期の目標が、随分低いように見えますが」
「あくまで現実的な数値を設定しました」
御大層な数字を提示できるほど、肝は据わっていない。
けれど、達成できなければ、何の意味もない。
考え抜いた末の数字だった。

「ここにすら到達できなかったら、どうする?」
既に面談は1時間を超えようとしている今、我孫子部長が初めて口を開く。
「覚悟はできてるんだろうな」
減給か、降格か、左遷か。
要は、身の振り方を考えておけということなのだろう。
「・・・はい」


会議室を出ると、ドッと身体の力が抜けた。
そのままフロアを上がり、トイレに入り、便器に腰かけて震える溜め息を吐いた。
お前はどうでもいいが、部全体の足を引っ張るような真似はするな。
面談の最後、上司に投げられた言葉が頭の中をグルグル回る。

何処までやれば、俺は認められるのか。
これまで以上に仕事は熟してきているはずなのに、何故結果を肯定して貰えないのか。
俺だけが悪いのか。
認めようとしないあいつらは何様だ。
どうして俺なんかを課長に宛がった。
そんな風に、誰かに責任を転嫁したところで、最終的には自分に戻ってきて、自己嫌悪ばかりが深くなる。
あらゆる事が面倒だ。
役職なんか、欲しい奴にくれてやる。
もう、何もかも投げ打って、背を向けてしまいたい。


混雑する電車を降り、改札を抜け、駅前のコンビニで缶ビールを買った。
その足で喫煙所へ向かい、煙草に火をつける間もなく一気に呷る。
炭酸の刺激と苦みが喉を通っていっても、爽快感がまるで感じられない。
頼りにしていたアルコールの多幸感も、あっという間に消え失せていく。

「オニイサン、マッサージ、ドウ?キモチイイヨ」
片言の日本語が、やけに気に障った。
「いらない」
姿を確認することなく、そう答える。
「キンヨウビ、ヨルヒトリ、サミシイネェ」
この誘い文句を鼻で笑い飛ばす余裕は、俺には残っていなかった。
「うるっせーな!いらねぇっつってんだろ?!」
視線を向けた先には、あどけなさが残るアジア系の女が立っており
明らかに怯えた表情に周囲の空気までもが冷えていく。
居た堪れない感情を、左手に収まる空き缶を握り潰して誤魔化し、早足でその場を立ち去った。


自宅のマンションが見えてきて、小さな違和感を抱く。
いつもなら誰もいないはずの部屋に、灯りが点いていた。
合い鍵を渡したのは、先週末だったか。
立ち止まり、自分のスマートフォンを確認すると、数件のメッセージが届いていて
少し気が楽になった反面、言いようのない煩わしさも湧き上がった。

「ずいぶん遅かったすね」
玄関のドアを開けるなり、奥の部屋から男の声が聞こえてくる。
無言のままで靴を脱ぎ捨て、溜め息を吐いた。
「・・・大丈夫?」

大丈夫な訳がない。
お前に何が分かる。
気休めの言葉しか吐けない若造が。
大体、俺の何が良いんだ。
俺である必要が、何処にある。
誰にも必要とされていないつまらない人間を愛でて、楽しいか。

こちらへ向かってくる、困ったような、けれど優しげな眼差しすらも、破滅的な衝動を煽る。
「斎藤さん?」
こんな時に、お前はどうして俺の目の前に立っているんだ。
空虚な俺に残された、唯一の、救いなのに。

□ 01_猶予 □   
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□ 100_結論★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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