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猶予 (3/5)

その時、どんな顔をしてあいつを見ていたのか、自分では分からないが
あいつが表情を変えなかったことは、よく覚えている。
言葉に詰まって何も言えなくなることも、想定していたのだろう。
すみません、と一言言っただけだった。

通り一遍の会話を交わして、店を出た。
向こうでも元気でな、そんな言葉を最後に言った気がする。
我に返った気分になったのは、電車が江戸川を渡った後くらいだった。
通り過ぎる車窓を眺めながら考えるのは、あいつが言った一言ではなく
それを聞いた自分の反応についてだ。

同性愛について、今までよく考える機会は無かった。
自分自身にそういう趣向は無いけれど、本人たちが良ければそれで良い。
そう思っていたつもりだった。
それが自分の身に、あまりにも突然に降りかかってきた時
得も言われない感覚に襲われた。
いままでに経験したことが無い、感覚だった。
不快?恐怖?嫌悪?
どれも違う気がする。
結論が出ない疑問を、一人で不毛に考える。
そうこうしている内に、降りる駅が近づいてきた。
こんな気分で週末を過ごすなんて、最悪だ。


悶々とした土日が明け、新しい週が始まる。
あいつがいなくなった職場には、多少の変化があるけれど
仕事自体は同じように続いている。
俺の生活も、週末に飲みに行くことがなくなった以外、変わったところは無かった。

けれど、あいつの言葉を気にかけなくなるまでには、まだ時間がかかりそうだった。
あいつが俺のことを、恐らく恋愛対象として、好きであること。
俺はあいつのことを好きではあるが、恋愛対象としては見ることができないこと。
事実はこれだけだ。
にもかかわらず、この事実に想像や邪推を混ぜて、考えてしまう。
生産性の無い行動は、無駄に疲れを増やす。
分かっていても、心の何処かにひっかかった何かを、どうにかしたいともがく。
答の欠片さえ、見えないまま。


時間が解決する、というのは真か嘘か。
日々の仕事に追い立てられながら、半年ほど過ぎた頃。
夕方、外回りから戻ると、机の上に煎餅と見慣れない書類が置いてあった。
いぶかしげに書類を手に取ると、営業事務の三上さんが声をかけてきた。
「今日、浅野さんがいらっしゃって、それ置いていきましたよ」
顔には出さなかったと思う。
けれど、度肝を抜かれた感覚に陥った。

三上さんの話によると、名古屋支店で抱えている案件について
うちにも協力して欲しいとの話があるらしく
その打ち合わせで、あいつと向こうの上司が来たらしい。
書類は、その名古屋の案件のプレゼン資料だった。
大型の案件ではあるけれど、奇抜な設備はなさそうで
要はマンパワーの補填ということなのだろうか。
最後のページには、あいつの字で書かれた付箋が貼ってあった。
不明な点があれば連絡くださいとの旨の下には、携帯電話の番号。

土産として携えてきた煎餅を食べながら、しばらく付箋を眺めていた。
「お土産は、それだけじゃないんですよ」
三上さんは、意味ありげな笑みを浮かべて言う。
「浅野さん、婚約したみたいなんです」
みたいなんです、というのは、直接本人に聞いたことでは無いかららしい。
ただ、一緒に来た上司がそれらしき話をしていたからだ、と。

「邪推しすぎなんじゃないの?それ」
「でも、彼、顔も悪くないし、年齢的にもそろそろでしょう?」
「そりゃそうだけど」
「新天地で良い人捕まえたんですよ、きっと」
にわかには信じられなかった。
答を求めるタイミングは、今かも知れない。
俺は書類の付箋を剥がし、外に出た。

会社が入ったテナントビルは、大通りから一本入った場所にある。
辺りは既に暗くなりかけていて、家路に向かう人が見えた。
建物の壁を背にして、付箋に書かれた番号に電話をかける。
数回のコールの後、あいつが出た。


□ 01_猶予 □   
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□ 100_結論★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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