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結論★(3/14)

「好きになっちゃったんです。・・・だから、もう、ここにはいられない」
居酒屋独特の湿気た空気感と酒の匂いの中で、あいつは声を絞り出すように言った。
その言葉は冗談には聞こえず、当時の俺の気持ちを大きく戸惑わせた。

「・・・少し、時間をくれないか」
猶予を願い出た時点で、多分、俺の中にはある程度前向きな心情があったはずだ。
想いを諦めるという選択肢を選ばせないように、俺自身に変わる余地が無いかを探ってみたかった。


好意は、持っている。
生意気で酒癖もやや悪いが、気も合うし真面目な奴だ。
後輩としても、友達としても、唯一無二の存在だろう。

一緒にいたいとも、思っている。
以前は業務上の連絡事項もあり、存在を比較的身近に感じられていたが
ここ2~3年ほどは年に数回のやり取りしかなくなっていることもあり
時を経るごとに、その気持ちは膨らんでいるような気もする。
距離的な制約も、焦がれる想いに拍車を掛けているのかも知れない。

身体の関係は・・・正直、分からない。
ただ、あの時囁かれた悪い冗談も、今では鳥肌の立つような嫌悪感は無く
勢いで行けなくもないんじゃないかとも思う。
しかも、唇の感触と吐息の熱は、未だ身体の何処かにうっすらと張り付いており
ことあるごとに思い出しては悶々とすることがある。

俺自身の立場はどうだ。
結婚の望みは限りなく薄いし、何より今から出会いを求める気力も無い。
仕事もほどほど順調で、実家の両親は兄貴夫婦が同居しているから、それほど心配も無い。
周りの人間に比べれば自由に生きる為のハードルは低く、一歩踏み出す準備はとっくに出来ている。


身勝手な頼みごとをして、早5年。
恋とは何なのかということを繰り返し自問自答し続け、答の欠片を拾い集めながら
結論自体は1年ほどで固まっていた。
一所に留まることの無いサラリーマンとしての立場に応じて、都度軌道修正をしてきたけれど
今でも、その結論に変わりは無い。
それなのに、答を伝えるタイミングを見計らえないまま、時間ばかりが過ぎていく。
もしかしたら、既に彼自らで別の結論を出した可能性もある。
逆にあいつに拒絶されたら、今度は俺が、どうなるか分からない。
スタートラインを切ることに躊躇いがあるのは、まだ、覚悟が足りていない証拠なのかも知れない。


盆休み前の金曜日ともあって、夜になっても社内の慌ただしさは続いている。
早めの夕食を取り、自部署があるフロアの一つ下でエレベータを降りた。
廊下を進み、途中の自動販売機でコーヒーを買って、去年新設されたトイレ脇の喫煙所へ入る。
然程広くない空間には置き型の空気清浄器が2台並べられ
その向こうのカーテンウォールの窓からは湾曲した線路と丸の内の夜景が見えた。
パイプ椅子と灰皿が置かれただけの以前の空間とは、雲泥の差だ。

「おう、お疲れ」
煙草に火を点け、コーヒーを開けたタイミングで一人の男が入ってくる。
「お疲れ。何か久しぶりだな」
「ここまで下りてくんの面倒でさ」
「ああ、それは分かるわ」
ペットボトルの炭酸飲料を無造作に空気清浄器の台の上へ置き、男は旨そうに煙を吐き出した。

同期の和賀は、工場・プラント系の制御設計を行う部署にいる。
俺よりも3年早く昇進し、元の体型も相まってか随分貫禄が出てきたようだ。
「いきなり課長になったんだって?」
笑いながらそう告げてくるところを見ると、事の顛末はある程度広まっているのだろう。
「そう、いきなり、な」
「まあ、良かったじゃん。楽しいだろ?中間管理職」
屈託なく笑う同期に、一瞬呆気にとられる。
3年経てば、俺にもこれくらいの余裕ができるのだろうか。
「ええ?しんどいことばっかだよ。この間だって、部長に第一考課が甘すぎるとか言われて・・・」
「それはしょうがねぇな。オレもなったばっかりの時はどうして良いかわかんなかったし」
「現場立ってた時のことを考えると、マイナス評価なんてつけらんねぇよ」
「まずは自分の中に基準を作ることだな。満足できなきゃ容赦なくマイナス」
「それだけ割り切れれば苦労しねぇし」
「まあ、努力してみろよ。マイナスをどうプラスに変えてやれるかが腕の見せ所だぞ」
設計技術部の中でも花形の部署に属する課長は、やっぱり俺とは違う。
こんなのと比べられるんだから、俺自身の査定が低いのは、全くもって納得だった。

2本目の煙草に手を伸ばした同期は、ふと大きな溜め息を吐く。
「ウチもさ、先月一人抜けちまって」
「へぇ・・・失踪じゃねぇよな」
「違ぇよ、自主退職。実家を継ぐんだと」
「商売やってんのか」
「牧場」
「は?」
「北海道の実家帰って、親父の牧場を継ぐんだってさ」
青い空と白い雲と緑の丘、バックにはお定まりのあの曲。
この一文だけ切り取れば、羨ましい程の転職だ。

国内でも屈指の大学を卒業して入社してきた物好きな男は
看板に違わず、新人の中では突出してデキる人間だった。
課長に昇進したばかりの和賀の下に配属され、上司も先輩も随分と期待を掛けていたらしい。
最近では中規模水処理プラントの制御設計を任せるまでになっていたこともあり
突然抜けた穴は、相応に大きいようだった。

「確かにオレも、期待しすぎたところはあったかもしんないけど」
ところが、若い社員にとって、この転職は突然の思い付きでは無かった。
教授のコネがあったから、とりあえず3年と思って入社した。
男が会社を去った後、そう話していたことを他の若手社員から聞いたのだという。
「どうすりゃ良かったんだろうなぁ・・・ホントに」
そんなことを知る由も無かった上司は、けれど、彼の本心を見抜けなかったことを後悔していた。

目の前の案件を片付ける為、盆休みは数日出勤するそうだ。
「営業は休出無しか?」
「あー・・・ウチの部署はとりあえず今日片づけてって感じ。俺は一日くらい出ようと思ってるけど」
懸案となっていた例の病院については3日前にやっと設計の目途がつき、頼み倒して捻じ込んだ。
部署全体で滞っている物件も無いが、個人的に後回しにしていた事務作業を片付けておきたかった。
どうせ独り身、長期の休みがあったところでこれといった予定も無い。
「こっちは9月になったら支店から人員補充するって話になってるし、それまでの辛抱だな」
煙草を吸い終えた大柄な男は、力いっぱい背伸びをして、疲れた笑顔を見せた。

□ 01_猶予 □   
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□ 100_結論★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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