Blog TOP


結論★(9/14)

「おはようございます」
「おはよう。随分焼けてるねぇ」
月曜日の朝、部署の面子が変わらず出勤してきたことに、軽く安堵を覚える。
「とりあえず今朝のミーティングは10時からで」
この業界だけに限らないのかも知れないが、そもそも夏季休暇が無い取引先も少なくないことから
出社後一時間は、各々先方からの連絡事項を取りまとめる時間とした。

メールボックスには、金曜日までに確認した既読メールが数通と今朝まで届いた5通。
その内の一通は『次半期目標設定期限』という人事部長名義のものだった。
4月と10月の年2回、社内では各社員が次の半期に向けての目標を設定することになっている。
前半期目標の達成率は、四半期毎に行う人事考課の結果と共に、賞与など様々な査定基準となる為
高過ぎず、低過ぎず、の塩梅が難しい。

この部署でやっている仕事は、実際に金銭を授受する性質のものでは無い。
しかも最終的な取引相手は、顧客である設計事務所では無く、施工業者。
その為、設定項目に『目標金額』という欄は存在せず
営業先の新規開拓や納期遵守率、再依頼率などの項目が並んでくる。

俺の役目は、それらを取りまとめ、課としての目標を掲げること。
これが管理職としての俺の査定基準となる。
とはいえ、前課長が取りまとめた前半期分の超前向きな目標は
グループ内の混乱があったとはいえ、1/3程が未達で終わりそうな状況だ。
特に新規の顧客の数は目に見えて不足しており
仕方ない、そう思いながらも理不尽さを感じずにはいられなかった。


浅野の引っ越し翌日、土曜日の朝。
俺は恐らく初めて、彼が住む街を訪れた。
電話口で頼まれた朝飯代わりのファストフードの袋を下げ、見知らぬ街を歩く。
南口から出て5分もしない内に周りは住宅街になり、静けさが心地よく感じられた。
手元のスマートフォンの地図によればそろそろ目的地。
改めて見渡すと、戸建て住宅の向こうに、頭一つ抜けたマンションが見えた。

金曜日に引っ越しをし、土日で日常生活に支障がない程度に荷物を片付け
月曜日には名古屋支店で最後の業務を行い、火曜日からは本社で新たな仕事に就く。
そのスケジュールを聞いた時には他人事ながら気の毒に感じたが
段ボール箱の積まれた狭い部屋で疲れた笑みを浮かべる彼を見ると、改めて憤りを感じる。

「それなりに片付いたでしょう?」
腰を掛けていたベッドがら立ち上がり、あいつはこちらへ手を伸ばしてくる。
目当ての物を差し出すと、彼の手はそれをスルーして俺の腕を掴む。
瞬間、俺の身体は彼に絡め捕られ、腕の中に納まった。
静かに溜め息を吐き、徐々に抱き締める力を強くしていく。
無言のままで流れる時が、互いの想いを混ぜ合わせてくれるような気がして心地良い。
「・・・冷めるぞ」
「うん・・・もう少し」
こんな時間を過ごすことが、やがて日常になる。
それが、純粋に、嬉しかった。

ベッドが思ったよりも軋むから。
結局男は、土日を俺の部屋で過ごし、月曜日の始発で名古屋へ発った。
一人の時間が欲しいと思わないと言えば嘘になるが、それ以上に、二人の時間を欲する気持ちが大きい。
今週は月初の忙しい時期、しかも週末はあいつの部署で歓迎会があるのだと言う。
仕事が軌道に乗ってくれば、どうしたってすれ違うことは避けられないだろう。
だから今の内に、蜜月の時を楽しんでおきたい。


歓迎会があるから、会えるのは土曜日になる。
そう聞かされていたから、金曜の夜の日を跨いだ頃にかかってきた電話は想定外のものだった。
「今から、行っていいすか」
やや酒に浮かされた、けれど若干低いトーンの声が電話の向こうから聞こえてくる。
「何処にいるんだ?」
「日本橋」
時計を見ると、ギリギリ終電には間に合う時間。
彼の後ろからは聞き覚えのあるアナウンスが流れており、既にホームで電車を待っているらしい。
断る理由は、何処にも見つからなかった。
「迎えに行くか?」
「いや、大丈夫・・・あ、電車来たんで、切ります」

フロアが違うこともあり、社内で顔を合わせることは殆ど無く
奴の上司とも頻繁に連絡を取ることも無いから、新しい職場での様子は分からない。
とは言え、あいつの性格からいって部署に溶け込めないということはあまり考えられないし
和賀にしても、新たな助っ人にかなりの期待をしているようだったから、雰囲気は悪くないはずだろう。
耳に残る沈んだ声が、妙に気にかかる。
電話が来た時間から考えると、あと10分ほどで駅に着く頃合い。
居ても立ってもいられず、鍵と財布とスマホをポケットに突っこんで外に出た。


こんな時間にも拘らず、階段には人の波が出来ている。
日本人は働きすぎと揶揄されるのも尤もだと思いながら、見知った顔を探した。
改札は一ヶ所しかないから見逃すことは無いはずが、波が途切れ始めてきても男は現れない。
居眠りでもして乗り過ごしたか。
連絡を取ろうと電話を取り出したタイミングで、視線の先にふらつく彼の姿が見えた。
顔を上げた拍子に俺の姿が目に入ったのだろう、その表情が俄かに柔らかくなり
覚束ない急ぎ足で階段を下りてくる。
飲まされ過ぎて気分でも悪くなったのかも知れない。
取り越し苦労を安堵の溜め息で心の隅に流した。

「オニイサン、マッサージ、ドウ?」
人影がまばらになった駅前に、女たちの声が響く。
いつものように軽くあしらいながら、彼の歩調に合わせて家へ向かう。
「だいぶ飲んだのか?」
「皆、よく飲むんですよ・・・」
時折空を仰ぎながら、あいつはそう答えた。
「お前だってよく飲むだろ」
「斎藤さんいないとこじゃ、そんな、飲まないっす」
「ま、たまにはいいんじゃないか。今日はお前が主役だったんだから」
「・・・そう、すかね」

環七通りから一本路地を入った時、不意に手首を掴まれた。
火照った掌の熱はそのまま手の方へ伸び、指が絡んでいく。
「どうした」
「・・・別に」
俺の身体にしなだれかかるように身を寄せ、男は小さく息を吐いた。
行く手に人気が無いことを確認して、握る手に力を込める。
「怖い」
「え?」
「期待に応えられるか、分かんなくて、すげー怖い」

ある程度のことであれば卒なくこなすことができる奴だと、俺は思っている。
恐らくそれは、彼自身も少なからず自覚しているはずだ。
だからこそ、未知のハードルに対する恐怖心が大きくなるのだろう。
「初日から無理難題押し付けられてる訳じゃないんだろ?」
「それは、そうだけど」
満を持しての人員補充に大きな期待が寄せられているのも確かかも知れないが
失敗に慎重になっているのは受け入れる側も変わらない。
以前と同じ轍を踏まないよう思案してくれていることを、勝手に願った。
「和賀だって、お前がスーパーマンじゃないことくらい分かってるさ」
不意に向けられた眼差しは、数分前よりも幾分落ち着きを窺わせている。
「大丈夫だよ、お前なら。焦らず、できることからやってきゃ良い」
自然と口元に浮かんだ笑みに、あいつは目を細め、ゆっくりと頷いた。

□ 01_猶予 □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   
□ 100_結論★ □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■   ■ 10 ■   ■ 11 ■   ■ 12 ■   ■ 13 ■   ■ 14 ■
>>> 小説一覧 <<<

コメント

非公開コメント

Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR