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結論★(1/14)

辞表と書かれた封筒と一枚の便箋。
テーブルを挟んで向こうに立つ男は、顎でそれを指し示した。
小さく頭を下げてから、それを手に取る。
細かな字で綴られた文の最後には、上司である課長の名が記されていた。


「斎藤さん、我孫子部長が探しておられましたよ」
夕方、営業先から戻った俺に、営業事務の三上さんはそう声を掛けてくれる。
「部長が・・・?何の用事か言ってた?」
「いえ、特には。相変わらず元気なさそうでしたけど」

この春の改組によって、営業部は "ソリューション推進部" と名前が変わり
中小事務所・ゼネコン・官公庁とクライアント別に3つの課に分割された。
数十名いる営業部員は殆どが大口顧客であるゼネコン・官公庁の担当に割り振られ
俺が所属している第1グループ、設計事務所を担当する課には8名ほどしかいない。
元々事務所廻りがメインだったこともあり、仕事の内容は殆ど変わらず
名刺が少しうるさくなったように感じたくらいだった。

改組と同時に人事異動も行われ、グループの課長には鶴岡という男が抜擢された。
俺より5歳下ではあったが、昇進前は俺と同じ係長。
有名大学を出て、恐ろしく前向きな性格を武器に営業畑を歩んでいた。
実力は認めていたものの、悔しさは無いと言ったら嘘になる。
名ばかりの "課長補佐" という肩書を手に、仕方がないと必死で飲み込んだ。

しかし、GWを過ぎてすぐの辺りから、鶴岡の様子がややおかしくなり始めた。
物思いに耽ったり、溜め息が増えたり、ネガティブな言葉を吐くようになったりと
ともすれば別人になってしまったような、そんな状態だった。
そしてその一週間後から彼は欠勤を重ね、今日で5日が経つ。


『自分探しの旅に出ます』
文章序盤に出てきた文言に、一瞬目を疑った。
何かふざけているんじゃないかと思いながら、更に続く彼の主張を読んでいく。

長期休暇中に訪れた東南アジアのある国で未知の文化に触れ、自分の小ささを思い知った。
何にも囚われない自由の中で、もっと見聞を広げたい。
きっと、その過程で、本当の自分を見つけられるはずだ。

大学生、せめて20代前半くらいまでならこの主張もアリだとは思う。
けれど、中堅のサラリーマン、しかも管理職である立場の男がこれを書いたのかと考えると
こちらまで気恥ずかしくなってくるようだった。
確かに、毎日働き続ける息苦しさで、こんなことを妄想することもある。
とはいえ彼は既婚で小学生の子供もいる。
家族や部下を背負う立場だという自覚が、完全に抜け落ちているらしい。

「何か、カウンセリングとか・・・」
しかめっ面の部長に、選びに選んだ言葉を返す。
「無駄だ。長期休暇の提案にすら耳を貸そうとしなかった」
「では、どうされるんですか」
「慰留の言葉を出した途端、辞めさせないなら弁護士に相談するって言ったからな」
その話を聞いて、手にしている紙切れに書いてあることが妄言では無いと悟る。
「・・・奴の希望通りにするしかない」

辞令が出てまだ1か月半あまり。
当然責任を問われるであろう部長は、煮え切らない表情を隠さなかった。
もちろん、いつまでも課長不在のままでいる訳にもいかない。

「7月から課長だ」
不穏な空気が漂う会議室の中、棒立ちになった俺に上司は告げた。
「えっ?」
「鶴岡には賞与前に辞めて貰う。その後はお前が引き継げ」
あまりに突然すぎる展開に、思考が定まらない。
「やれないのか?」
部長の不機嫌な声から、致し方ないという心情が伝わってくる。
新人の頃は彼の下につき、営業という仕事を一から学んできたが
まだまだ俺には、実力も器も足りないと思っているのだろう。
同期の殆どが主要なポストについていることに焦りはあるけれど
それほど出世欲もないし、仕事だって営業の現場に立つ方が性に合っていると自分に言い聞かせてきた。
もちろん、後輩に役職を先んじられたという屈辱の裏返しとして。

「・・・いえ、お引き受けします」
見返してやりたい。
軽く睨みつけるように、答を返した。
向かいに立っている男は小さな頷きを数回繰り返してから、一つ溜め息を吐く。
「必要な資料や管理職研修のスケジュールは、後で連絡する」
「分かりました。宜しくお願いします」


上司不在という異常事態が続いて1ヶ月。
名ばかりだったはずの課長 "補佐" の肩書がこんなにまで活かされるとは思いもよらなかった。
予算の管理、スケジュールの調整、日報の確認、工事会社との折衝。
自分が抱えていた物件を全て部下に任せても
前課長の空けた穴を埋めながらの慣れない仕事に四苦八苦の毎日だった。

「荷物、一通りまとまりました」
人事課からやってきた臨時の管理職研修に関するメールに目を通して、溜め息を一つ吐いた時
やや不機嫌な三上さんの声が聞こえてきた。
「ああ、ありがとう」
顔を上げた先にはすっきりした机と、段ボール箱が一つと、備品が詰め込まれたカゴが一つ。
「じゃあ、私物は発送の手配をお願いできるかな」
「了解です。・・・それにしても、挨拶にすら来ないなんて」

結局あれから、鶴岡の顔を見ることは無かった。
辞表を出してからすぐ有給消化期間に入り、今日が最後の勤務日になる。
会社とのやり取りは、全て弁護士経由で行われ
私物の返却についても、指定された住所に送るようにと通達があっただけだった。

皆さんと共にこの会社で働いた時間は、僕の人生において大きな糧になることでしょう。
会社の発展と、皆様のご健勝を、心からお祈り申し上げます。

昨日部長から手渡された鶴岡の最後の言葉には、退職する人間が大抵口にするありきたりな文言が並んでいた。
彼にとって悪気の無い挨拶なのだろうとは思うが
部署の人間が抱く元上司への心象が決して良いものではないこともあり、却って遺恨を残すだけだろう。
そう判断して、彼の手紙は机の引き出しにしまい込んだ。

□ 01_猶予 □   
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□ 100_結論★ □
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コメント

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百話目

更新再開楽しみにしておりました。
しかもリクエストさせて頂いた、
猶予の続編ということで二重の喜びです。
ありがとうございました。
思えば記念すべき百話目に一番ふさわしい作品かと
勝手に納得しております。
続けていくことがいかに大変か想像することしかできませんが
一つでも多く作品を届けて下されば幸いです。
さて、14話までどのように展開するのか
全く想像できません。
毎回ドキドキしながら読むことになりそうです。
はたして斎藤さんの結論は…?

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

とりあえず。

コメント頂きましてありがとうございました。
お返事+承認が遅くなりまして、申し訳ございません。

100編目を1編目の続きにしよう、というのは今年初めくらいから考えておりました。
書く時間がなかなか取れず、モチベーションも保てない中で
「とりあえず100まで」という目標を拠り所に、3ヶ月ほどかけて出来上がったものです。

順調に更新していくと、最終話は来年の初めになります。
長丁場になりますが、お付き合い頂ければと思います。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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