Blog TOP


結論★(2/14)

週の中日となる水曜日。
廊下の片隅に、正式な辞令が掲示された。
出社してきた社員たちはそれほど興味も無いらしく、俺も横目で見ながら通り過ぎる。
会社では特に辞令交付などの場を設けることも無く、こうやって貼り出されるだけなのが慣習だ。
加えて、今回は想定外の人事、あまり表沙汰にはしたくないのだろう。
俺としても、しばらく補佐として課長の仕事をこなしてきていることもあり
心機一転、という心持ちにはなれなかった。

「斎藤さん、そこじゃないですよ」
いつもの机の傍まで行って、向かいに座っていた部下に呼びかけられる。
「ん、ああ・・・そうか」
昨日の帰り際、自分の荷物を新しい席に移していたことをすっかり忘れていた。
「後、これ、総務の方が持ってきました」
改めて席に着き、そこから見える光景にやや戸惑いを感じている俺に、彼は小さな包みを手渡してくる。
「ありがとう」
中に入っているのは新しい社員証と名刺。
「今お持ちの物は、同じ袋に入れて返してくださいと」
「分かった。後で三上さんにお願いしておくよ」
名前の横に記された、小さな肩書き。
どうでも良いと虚勢を張っていたけれど、やっぱり、少し誇らしく感じる。


毎朝行うミーティングは、前日提出された業務予定の確認と
現在受け持っている物件の進捗状況の報告が主な議題になる。
「Sビルの進捗はどう?」
「月曜日にVE案の図面貰ったんで、積算の方に流してます。今日の午前中には出てくる予定です」
「具体的にはどのくらい減りそうかな」
「1割が良いところだと思います。VAV減と照明のスケジュール制御の中止くらいなので」

自動制御機器の設計・製造・工事を生業とするこの会社で、俺たち営業の役目は顧客と技術部隊との橋渡しだ。
電話やWEBサイトからの問い合わせへの対応はもちろん
依頼があれば実際に事務所へ赴き、まずは計画概要の確認をする。
その後、設計課に設計依頼を出し、出来上がった図面を顧客へ提出。
着工の目途が立ったところで積算課から見積を受け取り、VEの要否を確認。
最終的に、工事部と建物の工事会社との折衝に立ち会う。
年末、年度末、長期休暇前など、技術部のキャパシティがギリギリになるような時期になれば
比較的単純な改修案件を自分たちで設計・積算することもある。

中小規模の事務所を相手にするとは言え、物件が中小規模とは限らない。
設計は建物規模・用途によってグループが分かれているが、営業にはその区別は無く
建物と工程を全体で把握する必要が出てくる。
だからこそ、この仕事には遣り甲斐があると自負してきた。

「G病院って・・・随分前の案件じゃないの?」
「もう一ヶ月くらい変更変更でズルズルしてます」
「設計の方は?」
「対応はしてくれてるんですけど、流石に感じ悪くなってきちゃって」
手元のタブレットには部署で持っている全物件のスケジュールが時系列に並んでいる。
この物件の着工は10月。
盆前は設計も積算も混み合うことを考えれば、もうそれほど余裕はない。
「もし今日の雰囲気でまだ固まりそうも無かったら、一回こっちで止めておこうか」
「大丈夫ですかね?」
「このくらいの規模なら、何とか捻じ込むから」


打合せが終わり、銘々が自席に戻っていく。
幾つか電話が入っているようで、机には数枚の付箋が貼られていた。
「三上さん、これ、総務に届けて貰えるかな」
「分かりました」
朗らかな表情で包みを受け取った彼女は、ふと部署の面子の方を振り返り、また視線をこちらに戻す。
「ところで、今度の金曜日ってご予定如何ですか?」
「え?何で?」
「昇進祝いと暑気払いを兼ねて飲み会でもどうかなって、皆で話してたんです」
「そうそう。ちょうどボーナス日ですし、これからの苦難を前もって労おうと」
「不吉な言い方するなって」
「まあ、ここ最近大変な日が続いてましたから。ちょっと息抜きしましょうよ」

室内が俄かに明るい雰囲気で包まれる。
昇進したからといって、精々頭一つ抜けただけの存在、上司としては未熟な人間だと思っていた。
少なくとも、ここでは、俺は認められている。
彼らの誘いに快諾しながら、心の荷が一つ、下りた様な気がした。


「昇進したそうじゃあ、ないですか」
定時後だというのに社用携帯に電話をかけてきた男は、独特のイントネーションで祝福の言葉を贈ってくれた。
「誰から聞いたんですか?」
「ええ、まあ、人伝手に、ね」
「野島さんは相変わらず地獄耳のようで」
業界では中堅どころであるO設計事務所の野島氏とは、もう10年以上の付き合いになる。
O設計自体は、俺が新人の頃、我孫子さんに同行する形で訪れたことがあったが
男と初めて顔を合わせたのは、それから5年くらい後。
前任が転勤するということで上司から担当を受け継いでからだ。

「これは、お祝いしないと、ですねぇ」
「いやいや、そんな」
「だって、ほら、ボクが室長になった時も」
「それはそうですけど」
客先の人間と親しくすることは殆ど無い。
その中で、彼とは同年代で、かつ妙に気が合ったこともあり、仕事抜きで酒の席を共にすることがたまにある。
「じゃあ、都合のいい時にでも。予定空けておきますから」
「・・・酒が飲みたいだけなんじゃないんですか?」
「あはは」

しばらくたわいも無い話をした後、野島氏は不意に声のトーンを下げる。
「そういえば、Mさんの噂、聞きました?」
「噂って?」
Mさん、というのはウチのライバル会社であるM電装。
制御機器メーカーとしては後発ではあるが
大手電機会社の子会社という強力なブランド力を武器に、シェアを伸ばし続けている。
「どうやらね、お金で下手なことしちゃったみたいよ」
「ゼネコン?」
「ん~・・・その辺はよく分かんないけど、多分そことは、取引停止かもねぇ」
メーカーとゼネコンとの癒着は、以前から業界でも問題にされてきたことだった。
長年自浄能力に期待できなかったこともあり、数年前に業界団体が出来たものの
結局はそれも功を奏していないらしい。

「斎藤さんには朗報かな?」
愉快そうに囁かれた言葉を否定する気はない。
特に幾つかの大手ゼネコンではM電装が独占している状況になっており
この噂が事実であれば、大口の顧客を得る大きなチャンスになる。
「どうでしょうね。またいつものように有耶無耶になるんじゃないですか」
「そうかなぁ。ボクの耳にまで入るってことは、それなりに大事になってるかも知れないよ」


旧知の男が語った興味深い話のお礼に酒の席の約束をし、電話を切る。
ふと手元の画面に目を移すと、一通のメールが来ていた。
『昇進おめでとうございます』
内容は月並みなものだったが、署名を見ながら顔を思い返す。
もし彼がこの場にいたら、どんな言葉を掛けてくれるだろう。

□ 01_猶予 □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■
□ 100_結論★ □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■   ■ 10 ■   ■ 11 ■   ■ 12 ■   ■ 13 ■   ■ 14 ■
>>> 小説一覧 <<<

コメント

非公開コメント

Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR