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猶予 (5/5)

場を変えたのは、あいつだった。
急に立ち上がると俺の側へやってきて、瞬間、左肩を掴まれて壁に押し付けられる。
片方の手が、俺の頬に触れる。
何をされるのか、容易に想像できた。

あいつの前髪が、俺の眼鏡のレンズにかかる。
唇が触れたのはほんの数秒だったはずなのに、気が遠くなるほど長く感じた。
半ば呆然とする俺に向かって、あいつは低いトーンで言う。
「オレの、フェラして下さいよ。今、ここで」
血の気が引いた。
俺の心の中が、恐怖で埋め尽くされる。
言葉にならなかった。

俺の表情をまるで目に焼き付けるように、あいつは俺の顔を見る。
「・・・冗談ですよ」
そう言って、淋しげな笑みを見せると、席に戻っていった。
人生の中で、一番最悪な冗談だ。
何とか冷静になろうと煙草に火をつけるが、まだ、手は小刻みに震えていた。
「オレね、どうしたいっていうのは無いんです。っていうか、自分でもよく分からない」

俺が言葉を失っている間、あいつは自分の気持ちを吐露し始めた。
「言わなきゃ良かったって、今でも思ってます。結局、斎藤さんを苦しめるだけの自己満足だった」
この半年、あいつがどんな思いでいたのか、目の前に突きつけられる。
「一緒に時間を過ごせるだけで幸せだったのに、自分でそれを壊してしまったんです」

自分は被害者でしかないと、ずっと感じていた。
好きだと言われたときの感情は、決して良いものではなかった。
心身ともに、完全に拒否反応を示した。
そんな状況に追い込んだあいつに、憎しみに近い感情を抱いていた時期もある。
にもかかわらず、心の底から拒絶することはできなかった。
それが何故なのか分からず、もがいていた。

今もそうだ。
キスをされる時も、抵抗できたはずだ。
殴り倒して出て行くこともできた。
タチの悪い冗談で、恐怖すら覚えたというのに
どうして、俺はまだ、こいつと向き合っているんだ?

これは恋愛感情なんだろうか。
会社の後輩に対する気持ちだけではない、何か。
けれど、答なんて出ない。
そもそも存在しないのかも知れない。

「斎藤さんは、オレに、どうして欲しいですか」
あいつは、そう聞いてきた。
即答できなかった。
考えれば考えるほど、深みにはまりそうで、こう言った。
「少し、時間をくれないか」
正直な気持ちだった。
答が見つからない、その闇をもがく時間が、きっと、まだ足りない。

期待を持たせる言い方だったと思う。
だが、結果が出るまでに時間がかかることは、分かっているはずだ。
「待ってます。どんな答が出ようとも・・・構わない」
最後にあいつは呟いた。


店を出ると、少し肌寒いくらいの風が吹いていた。
元気でな、と挨拶を交わし、別れる。
大手町の駅に着く頃には、酔いはずいぶん落ち着いていた。
終電間近の混雑した地下鉄の中で、今日のことを考える。
半年前のあの日よりも、気分は落ち着いていた。
答を出さなきゃならないという焦燥感が、緩和されたからかも知れない。
でも、それは、あいつが思い悩む時間を延ばしていることにもなる。

恋愛って、こんなに面倒なもんだったっけな。
久しぶりの状況に、ちょっと可笑しさまで感じる。
この猶予の間に、俺は何処まで変わるんだろう。
車窓の向こうを暗く流れる江戸川を眺めながら、そんなことを思っていた。

□ 01_猶予 □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   
□ 100_結論★ □
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フランスの香り

一人称の小説でも、私小説では無い。
仰る事は分かりますし、ジグソーパズルのピースを捜す事もしませんね。あっ!でも、此処にコメントしたから、無意識に探したのかしらね?
ドロップアウトされた事も、私から聞き出さない方が良いかと思いますけれど、何かの拍子にポロッと出たら、黙ってお聞きしますね。

ところで、いわゆる監禁調教物の『O嬢の/物語』。フランスの小説です。
文庫本が出版される前だったと思いますが、母が購入した某総合月刊誌に、SM小説の古典的名作として紹介・連載されていたような気が…。記憶があやふやですが、こっそり読んだのは覚えています。勿論、親に内緒で(笑)。この小説を偶然、見つけたんです。ビックリしましたよ!紳士淑女はこんな小説を読むのかって!!
ですから、『慙愧』で、あなたが懸念されている事は、私は大丈夫だと思います。

そういえば、渡辺/淳一さんの『シャトウ ルージュ』も某総合月刊誌に連載されていました。こちらは、エリート医師が異国で美貌の妻の調教を依頼する話で、一見、O嬢を彷彿させますが、大変シニカルでコミカル。特に、女性器の色々な言い方を大真面目にズラズラ列記されている箇所など、笑えます。
ちなみに、匿名であるO嬢のアルファベットのOは、女性器を象徴しているそうです。

求められているもの。

ボーイズラブ、メンズラブ、ゲイ小説、官能小説。
未だに、自分の文章が何処に位置しているのかが分かりません。
だからと言い訳してはいけないのでしょうが、このblogにいらっしゃる方が
どんな文章を求めて来ているのかも、想像が付きません。
それだけに、不安を感じてしまうのは、確かです。

文章に散りばめたパズルのピースは
オセロのコマのように黒白になっていて、大抵は闇に紛れています。
以前のお話に合ったピカレスク物が多いのは、それが所以なのかも知れません。

愛情と執着は紙一重

「孤独」を書くと、それに惹かれる人が寄ってきます。
「癒し」を求める人の中には、幼児性が強かったり、心のバランスが崩れている人がいたりします。
此処は話の内容からして、大人であり、尚且つ、事実と物語の区別がつく判断能力のある方が来る処だと思います。

私は、作者が思うように自由に書いて頂きたいと考えます。
しかし、ご自分の「萌え」に拘って融通がきかなかったり、感情移入が激しすぎると困ったものです。

高校1年生から既に10年以上、夫宛に手紙を毎月送り続ける男性がいます。

この男性は精神障害を持っていて治療中ですが、夫の担当ではありませんし、夫はその後、職場が変わりました。
それなのに、なんでこんな事になったかというと、まだ其所に夫が勤めている頃、廊下で見かけた際に、つい「頑張れよ」と声掛けしたんだそうです。
専門家として、ミスだったと思います。
手紙が来た時、夫は1回だけ返事を書きました。
家族でも私信はお互いに見ませんが、この場合はそうも言っていられません。
2年位前には「会いたくて、たまりません」と書いてありました。最近は状態が安定しているみたいですが、それでも、封書の中にファミリーレストランの割引券が同封されてたりします。
今年も、新年早々、彼の封書が配達されました。「いつまで来るんだろう?」と、言うと、息子が「ソイツが死ぬ迄。」

愛情と執着は、紙一重だと考察される事例です…。

見えない境目。

思ったように書く。
その言葉で、若干スランプ気味の焦燥感が和らいだような気がします。
書きたいものを書いて、後は閲覧者の方にお任せする。
少し、心に余裕を持って行こうと思います。

愛情と執着。
その境目は、誰にも見えないのかも知れません。
人によっては、それは愛情だと誘い
人によっては、それは執着だと警告する。
噛み合わない感情は、あまりに残酷です。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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